零度のエクリチュール
LE DEGRE ZERO DE L’ECRITURE
エクリチュールとは、言語芸術を成立させる核としての文章の“書き方”を意味する。人間精神が自然認識に向っていた百科事典的なラブレーの時代、ブルジョワ・イデオロギーの上に、コトバが秩序正しい社会の流通体として機能した快楽にみちたラシーヌやバルザックの古典主義時代、フローベール以降の古典主義崩壊時代とエクリチュールの変遷を大別することができよう。フローベールとともにコトバは作家の地平に現れ、ある文章体を選択することが作家の責任となる時代がはじまった。ゾラやモーパッサン、マラルメやランボーと、エクリチュールは古典主義の解体を跡づける受難の歴史を歩んだ後、ついに、言語の自律性と社会的道具性の中点(零点)にたつ乾いたエクリチュールがカミュとともに生れた、とバルトは言う。ヌーボー・ロマンの歴史的背景へのみごとな分析となっている。
付載した同著者の『記号学の原理』は、コトバ、音、広告、さらにはモードまで、人間に意味あるものとして作用する記号に構造言語学上の成果を敷衍して言語学の体系を設定する大胆なアプローチ。大著『モードの体系』を導く重要な論文である。
「零度のエクリチュール」の著訳者:
- ロラン・バルト
- Roland Barthes
- 1915年フランスのシェルプールに生まれ。幼年時代をスペイン国境に近いバイヨンヌに過す。パリ大学で古代ギリシア文学を学び、学生の古代劇グループを組織。結核のため1941年から5年間、スイスで療養生活を送りつつ、初めて文芸批評を執筆する。戦後はブカレストとアレクサンドリアでフランス語の講師、その間に文学研究の方法としての言語学に着目、帰国後、国立科学研究センター研究員、1954年に最初の成果である本書『零度のエクリチュール』(邦訳、みすず書房、1971)を発表。その後、エコール・プラティック・デ・オート・ゼチュードのくマス・コミュニケイション研究センター〉(略称セクマ)教授を経て、1977年からコレージュ・ド・フランス教授。1980年歿。著書は他に『ミシュレ』(1954、みすず書房、1974)、『神話作用』(1957、現代思潮社、1967)、『ラシーヌ』(1963)、『エッセ・クリティック』(1964、晶文社、1972)、『記号学の原理』(1964、みすず書房『零度のエクリチュール』に併収、1971)、『批評と真実』(1966)、『物語の構造分析』(1966、みすず書房、1979)、『モードの体系』(1967、みすず書房、1972)、『S/Z』(1970、みすず書房、1973)、『旧修辞学』(1970、みすず書房、1979)、『表微の帝国』(1971、新潮社、1974)、『サド、フーリエ、ロヨラ』(1971、みすず書房、1975)、『新=批評的エッセー』(1972、みすず書房、1977)『テクストの快楽』(1973、みすず書房、1977)『彼自身によるロラン・バルト』(1975、みすず書房、1979)『第三の意味』(1982、みすず書房、1984)『明るい部屋』(1980、みすず書房、1985)など。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
- 渡辺淳
- わたなべ・じゅん
- 1922年三重県に生れる。1948年東京大学文学部仏文学科卒業。東京都立大学教授を経て現在、共立女子大学教授。演劇・映画の研究・評論に従事。著書『パリの世紀末――スペクタクルへの招待』(中央公論社、1984)ほか。訳書 デュビニョー『スペクタクルと社会』(法政大学出版局、1973)ヴィラール『ヴィラール演劇の事典』(テアトロ、1976)モラン『映画 あるいは想像上の人間』(法政大学出版局、1983)コフザン『文学とスペクタクル』(未來社、1984)ほか。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
- 沢村昂一
- さわむら・こういち
- 1931年東京に生れる。1955年東京大学文学部言語学科卒業。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
この本の関連書
「零度のエクリチュール」の画像:
「零度のエクリチュール」の書籍情報:
- 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/232頁
- 定価 2,625円(本体2,500円)
- ISBN 4-622-00465-8 C1098
- 1971年7月15日発行
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