みすず書房

本書は精神病理学の論文を収録する。さまざまな精神の異常現象を「心理次元において」記述して、連関づけ、了解の可能性および心理的治療の道を追求する精神病理学は、ヤスパース以来、精神医学の基礎となっている。精神薬の出現により疾患の治療が比較的容易になった今日といえども、正常心理の延長として了解できる範囲を考えることは、診断や治療に必須である。著者の論文の集大成である本書は、個々の具体的な事実を鳥瞰しながら、精神病理学の見取り図を構成する。

第一巻においては「うつ病」「分裂病(統合失調症)」「分裂病(統合失調症)の精神療法」を収録する。

人間の精神現象の構成は複雑で、その「異常」へのアプローチは多元的である。脳の状態にのみよるもの、心理学的次元にのみよるものもあるが、一般的にはより複雑な要因を孕んでいる。とりわけ内因性精神病の場合は、多次元的で、精神病理学が実力を問われ、著者が照準としている領域である。実践的な提言に満ちた本書は臨床家に必須のマニュアルとなるであろう。

第二巻においては「妄想論」「境界例」「神経症」を収録する。

目次

[第一巻]
第1章 うつ病
1 うつ病研究の近年の動向 1976
2 うつ病の病前性格について 1976
I まえがき——メランコリー親和型性格の意義/II メランコリー親和型性格についての補足的考察(対他性秩序愛について 内的葛藤の欠如と弱力性優位 依存性・誇張性・愁訴性)/III 強迫性格スペクトル/IV 循環性格とメランコリー親和型性格/V 家族研究と人間学的研究/VI うつ病の分類試案と病前性格/VII あとがき
3 うつ状態の臨床的分類に関する研究 1975
I序/II 方法と分類原理/III 分類試案/IV 考察と典型例の記述/V 従来の分類との対照/VI 結語
4 昨今の抗うつ神経症について 1971
I はじめに/II 三人の筆者の所属する診療機関の特徴/III 大学病院外来におけるデータ/IV 四つの年度の外来カルテの比較/V 一般診療所外来におけるデータ/VI 企業体におけるデータ/VII 好発年齢/VIII 治癒率/IX 抗うつ神経症の現代性についての推論
5 うつ病の治療と社会復帰 1981
I うつ病(病相期)治療の際の小精神療法/II 社会復帰に際して(復職の仕方)/III 再発予防のために
6 ティーンエイジャーのうつ病 1977
Iまえがき/II 内因性うつ病の一例/III いわゆる神経症性うつ病/IV スチューデント・アパシーとうつ病/V 退却型うつ病か/VI 結語
7 老年期と内因性精神病 1978
Iまえおき/II 晩年初発の単相うつ病/III 晩年初発の躁(うつ)病/IV 晩年初発の分裂病/V 躁うつ病者の晩年の経過/VI 分裂病者の晩年の経過/VII 内因性精神病と老年痴呆との関係/VIII まとめ
第2章 分裂病
8 内因性精神病の発病に直接前駆する「心的要因」について 1967
I はじめに/II 文献的考察/III 人間学のこころみ/IV 「出立」と「合体」/V 今後の課題
9 精神医学における人間学の方法 1968
I はじめに/II 内因性精神病に関する一つの人間学的解釈——「出立」と「合体」/III その方法的検討/IV 精神医学のなかでの人間学の位置
10 分裂病の成因論について 1976
I まえがき/II 成因仮説(1遺伝仮説 2体因仮説 3心因仮説 4病前性格論 5家族因仮説 6社会共謀因仮説 7社会因仮説 8行動論的仮説 9人間学的仮説 10単一精神病論的仮説 11心身症論的仮説)/III あとがき
11 反精神医学 1980
I まえおき/II Laing の分裂病論/III その他の反精神医学/IV 反精神医学の背景/V 反−反精神医学/VI 結語
12 内因性精神病における疾病概念の今日の混乱について——心因論の立場からの考察 1975
13 分裂病における単数妄想について 1973
I まえがき/II 家族内妄想/III 恋愛主題/IV 宗教的主題/V 要約
14 外来分裂病(仮称)について 1981
I その現代性/II 文献紹介/III 二つの自家例/IV その要点/V 病識と急性期経過後の一過的退行/VI とくにアンヘドニアについて/VII 結語
15 分裂病性幻聴および作為思考の発現機制に関する一考察——分裂病への精神療法に関する臨床的研究 1959
I 精神病における内容と形式の関連/II 幻聴/III 作為思考/IV 自我収縮について/V 他者性の問題/VI 結語
第3章 分裂病の精神療法
16 精神分裂病の心理療法の歴史 1961
I 19世紀から20世紀初頭にかけて/II 若い精神分析医たちの初歩的な試行錯誤の時代(1910-1930)/III 分析派外での分裂病の心理療法(1920-1930)/IV Federn, Pらの理論と方法(1930)/V アメリカにおける準備と新しいエポックの到来/VI 欧州への逆輸入
17 精神分裂病の心理療法の近況について 1962
I はじめに/II Fromm-Reichmannの業績/III 第三者による直接分析(Rosen)の研究/IV 操作主義的方法を中心として/V 現存在分析的立場から
18 精神分裂病者とのコンタクトについて——心理療法の経験から 1962
I まえがき/II 二、三の経験について/III LSDを用いての経験/IV 医師−患者関係についての一印象
19 遺伝と環境 1966
I 遺伝も環境も/II 遺伝について(1精神分裂病の場合 2双生児研究 3ジェナイン家の四つ児 4家庭研究)/III 環境について(1強制収容所症候 2心理的な要因 3精神療法)
20 二つの症例報告 1975
I ある婦人/II ある少年/III おわりに
21 分裂病の精神療法——昨今の話題 1978
I まえがき/II マクロの研究/III 精神療法の復権をめざして/IV ミクロの研究/V 自家例についてのケース・スタディ/VI Psychotherapy-responder
(付)医師にとってのハイデガー——幻聴のある女医への精神療法(原著メダルト・ボス) 1963


[第二巻]
第4章 妄想論
22 妄想 1978
I 妄想の定義——妄想知覚論
a Jaspers,K./b Schneider,K.〔(1)妄想気分と妄想知覚との関係(2)妄想知覚の二節性構造(3)妄想着想(4)妄想知覚の診断学的意味〕/c Huber,G とGross. G 〔(1)妄想現象の類型化の試み(2)二次妄想の整理(3)妄想確信の度合いの動揺について〕/dわが国の記述現象学的妄想論/e 特殊な妄想知覚としての人物誤認/f まとめ
II 妄想の成立条件
a 直接前駆する体験/b 公認の“心因妄想”/c folie a deux/d 体験・環境・性格(Kretschmer,E.)/e 状況/f 異常に苛酷な負荷/g 年齢/h 身体的基盤/I 内因的基盤
III 妄想の力動
IV 妄想の人間学
a 人間学二種/b 最近の研究(主として日本の)〔(1)“自己と他者”(2)時間・空間論(3)言語論的理解(4)人生経路Lebenslauf(5)人間学“診断”について〕
V 妄想主導の諸病態
a 身体的基盤のある精神障害の際の妄想病態〔(1)一般について(2)てんかんの妄想〕/b 身体的基盤をもたない精神障害の際の妄想病態〔(1)正常人の短期の妄想形成(2)paranoid personality(3)いわゆる心因妄想(4)パラノイアparanoia(5)paranoid states(a)好訴者ないしは好訴妄想(b)自己臭妄想症あるいは思春期妄想症(c)嫉妬妄想ないしは病的嫉妬(d)恋愛妄想(6)depressive paranoids(7)幻覚妄想型分裂病(8)非妄想型分裂病〕
VI 妄想の経過
a 妄想の消失/b 妄想の疎隔化/c 妄想の慢性化〔(1)迫害妄想から誇大妄想へ(2)誇大妄想の空洞化(3)妄想の再燃〕/d 妄想からの脱出/e 妄想の治療/f その他
第5章 境界例
23 境界例概念についての総説 1981
I 第一期から第二期へ/II DSM-III中の境界例/III Gunderson & SingerとGrinker & werble/IV 米国以外の研究/V 日本における研究/VI 鑑別診断あるいは近接カテゴリーの紹介
24 正視恐怖、体臭恐怖——主として精神分裂病との境界例について 1972
序/I 自己視線恐怖(aはじめに b文献的考察 c症例記述 d症状を出現させやすい対人状況の特徴 e症状論的考察 f経過と予後 g疾病論的考察 h治療に関して)/II 自己臭恐怖(aはじめに b文献的考察 c経過による分類のこころみ d考察)/III 自己臭恐怖の症状推移(aはじめに b症例記述 c考察)/IV 自己漏洩性分裂病試論(aはじめに b症例記述 c考察)/V 要約
25 分裂病と神経症の境界例について 1974
I まえがき/II ホックの為神経症性分裂病/III 多形性の性倒錯/IV 行動化傾向(アクティング・アウト)について/V 治療経過について/VI 結語
26 再び境界例について——強迫と妄想 1975
I まえがき/II 対人恐怖性と関係妄想性/III 強迫と妄想/IV 治療例の報告/V 考察/VI 結語
27 否定妄想について——若い婦人の一例 1978
I まえがき/II 文献/III 自家例の概要/IV 否定妄想/V 部分的昏迷/VI 生活歴と治療歴/VII 離人症との関係/VIII 結語
28 ボスの現存在分析療法——サディストF・F 1978
I Binswanger と Boss/II Boss の症例——サディストF・F/III 現存在分析療法の要諦
第6章 神経症
29 大学生にみられる特有の「無気力」について——長期留年者の研究のために 1971
30 神経症についての総論 1976
I 定義/II 歴史の概要/III 諸家による基本的分類/IV 頻度、初発年齢/V 成立条件/VI 学説/VII 予後/VIII 診断/IX 治療
31 米国の新しい診断基準 DMS-IIIをめぐって 1982
I まえおき/II DMS-IIIの特色/III 二、三の各論的事項/IV 日本のわれわれからみて/V あとがき
32 青年期精神医学の現況と展望 1980
I 種々なるアプローチ/II 青年期精神病理像の記述/III 成因の追究/IV 治療研究/V 追跡調査/VI その他の研究/VII 青年の心理学への寄与/VIII 未来への展望
初出一覧・索引