みすず書房

本書は「今日の日本の」精神科診療室からのレポートです。本書をつらぬく十一のテーマは、すべて精神科診療室で考えられたことです。診療室は、生身の人間が生身の人間に遭う場所であります。どちらも息をしています。動いています。観察する医師が、観察される彼のうちに見る現象のどれ一つをとっても、医師にとって他人事であるものはありません。こうした一対一の状況下の出来事について、精神医学は次のような概念の系列——転移現象、対人関係、対人間コミュニケーション、対人間インターラクション、共人間性、出会い、状況など——によって、その全体的な状況を示しておりますが、同時に医師にとっては、臨床の現場にあって、別の局面すなわち、関与しない、突き放した、いわば神経学的観察も要求されるというアンビバレンツの宿命におかれていることも鮮かに述べられております。「人間のなかに実存をみたり自我をみたり有機体をみたり物体をみたり」こうした営みが、診察室での営みです。
本書は精神医学の生きた実際と思考をあるがままに提示し、その新しい形での再生と自負の回復を試みようとし、他の学問分野との対話の道を開こうとしております。専門家にもまして、非専門家にひろく読者を期待する心はここにあります。

目次

スチューデント・アパシー
メランコリー好発型性格
ヒステリーの減少
精神科医にとっての自殺
二重の見当識
ファミリィ・スタディ
分裂病のこと
精神医学と人間学
R・D・レイン氏
精神医学的女性論
精神科「医院」
注・あとがき・索引