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遠い場所の記憶

自伝

OUT OF PLACE


これほど長いあいだ孤独と不幸を味わったものの、最終的にはわたしは自分のことを幸福と考えるようになった。今では、「ふさわしく」あること、しかるべきところに収まっている(たとえば、まさに本拠地にあるというような)ことは重要ではなく、望ましくないとさえ思えるようになってきた。あるべきところから外れ、さ迷いつづけるのがよい。決して家など所有せず、どのような場所にあっても(特にわたしが骨を埋めようとしているニューヨークのような都市では)決して過度にくつろぐようなことのないほうがよいのだ――


目次


謝辞
序文
1 どの家族も親と子供を創作するものだ。各人にそれぞれの物語を与え、性格を与え、運命を与え、さらには言語さえも…
2 1935年、両親は当時カイロに住んでいたが、それにもかかわらずわたしがエルサレムで生まれるように万事を…
3 学校教師はイギリス人ということになっている、とわたしは思っていた。…
4 精神と肉体の両面における父の力強さが、わたしの人生の早い時期に…
5 アメリカ人実業家の子弟ではあるが、アメリカ人らしい感覚はつゆほども…
6 1947年11月1日、わたしの12歳の誕生日の思い出は…バルフォア宣言前夜にあたるこの日を…
7 父が神経衰弱をわずらった翌年の1943年の夏を皮切りに、それ以降の27年間の夏…
8 1949年の秋、ヴィクトリア・カレッジに入学したわたしは、じきに14歳に…
9 中東を離れて合衆国に移ってからちょうど40年が経過した1991年の9月初旬…
10 夏休みのカイロへの帰省は、ズールに戻ることも意味した。わたしがプリンストンの学生になった頃には…
11 大学を出てカイロに戻ったわたしは、そこが「安定」の地であるという、米国に追放されていた頃の記憶がもはや…

訳者あとがき
サイード家(父方)系譜/パドル家(母方の祖母の実家)系譜
エドワード・W・サイード関連年譜


著訳者略歴

エドワード・W・サイード
Edward W. Said

1935年11月1日、イギリス委任統治下のエルサレムに生まれる。カイロのヴィクトリア・カレッジ等で教育を受けたあと合衆国に渡り、プリンストン大学、ハーヴァード大学で学位を取得。 ...続きを読む »

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
中野真紀子
なかの・まきこ

翻訳家。訳書にサイード『ペンと剣』(クレイン、1998)、エリオット・レイトン『大量殺人者の誕生』(人文書院、1995)など。

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

この本の関連書


「遠い場所の記憶」の画像:

遠い場所の記憶

「遠い場所の記憶」の書籍情報:

A5判 タテ210mm×ヨコ148mm/368頁
定価 4,644円(本体4,300円)
ISBN 4-622-03206-6 C1010
2001年2月20日発行

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