みすず書房

道化のような歴史家とはだれか? エーゴン・フリーデル。今世紀前半のウィーンで活躍したユダヤ人。多芸多才の人物で、作家・エッセイスト・劇作家・劇評家・俳優・編集者・朗読家とあらゆる分野でその天分を示した。同時代人はこの鬼才をったえて、《偉大なるディレッタント》《笑う哲人》と評した。また、大著『近代文化史』の刊行はいちやく彼の名を世界的なものとし、その行文の軽妙洒脱、ワサビのきいた皮肉は《歴史書におけるシェイクスピア》と絶賛された。
本書は、この類稀なる思想家の知られざる全体像をはじめて紹介するユニークな評伝でもある。生い立ちから落第生のてん末、文学キャバレーでの活躍と交友、文化史の創作方法、私生活の楽屋裏、そしてナチ侵攻による自殺までを、著者はさまざまな時代背景と人物像を交えてしさいに辿ってゆく。著者ごひいきの《わが友フリーデル》を中心に、アルテンベルク、クラウス、ホフマンスタール、クリムトなど同時代人との関係・エピソードをちりばめた本書は、奥行の深い、もう一つのウィーンをめぐる《近代文化史》となっている。