みすず書房

海外著作権の適法な保護——これなくして翻訳出版はない。だが、占領下の超法規著作権行政による混乱は、今なお尾を曳いている。戦後出版界に入った著者は、心ならずも、その混乱に巻き込まれた。

その後も一貫して翻訳権の仲介の仕事に携わり、半世紀にわたる多様な変化を経験するうちに、著者は根深い疑問に遭遇する——いったい日本は、ほんとうに「著作権を保護しない〈文化後進国〉」なのか?

本書は、資料を発掘渉猟し、関係者に話を聞き、現場の視点から、翻訳権をめぐる一見細かな動きの数々を、一つの大きな流れにまとめ上げ、さらに、その相関関係をたんねんに確定した渾身の作である。状況を左右したのは、当初想定されたような、日米関係の変化ばかりではなかった。日本の監督官庁自体が、西欧先進国の思惑や趨勢を読めず、また出版人も、無断翻訳の「神話」に振り回された。その複雑な事情が、いま霧が晴れるように解きほぐされ、「翻訳権」という一点から、戦後史の新しい扉がひとつ開かれる。

目次

はじめに

第1章 忘れられた翻訳権十年留保
1 「経過措置廃止」の調査の衝撃
2 駆け出し編集者のとまどい

第2章 占領下「50年フィクション」による統制
1 超法規時代と出版界
2 連合国軍総司令部回状12号
3 無断翻訳粛清の嵐
4 ソビエト著作物の場合

第3章 入札と占領後期の攻防
1 入札をめぐる問題
2 GHQ vs 文部省
3 占領下著作権法改正作業

第4章 平和条約調印後
1 新しい混乱の幕開け 『凱旋門』物語
2 平和条約発効前の危惧と戦時期間加算
3 GHQ公認の外国人エージェントの存続
4 プラーゲ旋風と著作権仲介業務法
5 戦前「無断翻訳横行」の真実

第5章 万国著作権条約加入と錯綜する保護期間
1 著作権条約統一会議での孤立
2 批准への最後の抵抗  日米著作権関係の模索
3 昭和30年代前半期の混乱

第6章 著作権法改正作業と十年留保堅持の運動
1 残るトラブルと著作権法改正の開始
2 日本書籍出版協会の反対運動と留保放棄賛成論
3 「文化後進国」論と翻訳の自由の理想
4 10年海賊版的行為騒動と著作権法の成立

第7章 新著作権法施行と十年留保の問題
1 なお続くトラブルとIPA京都議会
2 開発途上国と十年留保問題
3 激変する著作権保護状況とこれからの翻訳権

引用・参考文献

資料(本文と関連する条文の抜粋)
I 条約
ベルヌ条約/日米間の条約・交換公文/平和条約/万国著作権条約/世界貿易機関を設立するマラケシュ協定
II 占領下連合国軍の命令・覚書・回状
プレス・コード/『著作権関係法令集』/覚書/回状/旧法第27条供託
III 旧法・政令・法令・新法附則
旧著作権法関係/勅令/政令/特例法/現行著作権法
IV 昭和初期分野別出版点数

あとがき