みすず書房

20世紀の科学は、物質と生命の探究において革命をもたらしたが、21世紀は人間の精神を科学が解明する時代となろう。今ほど「自分」という存在根拠が揺らいだ時代はなく、今ほど科学が「自分」という存在に迫りえた時代はない。

自分とは何か?本書は、あるシンポジウムとあるテレビ番組を手がかりに、議論が展開され始める。前者は、分子生物学のクリック、ワトソン、ジャコブ、利根川進、渡辺格によるものであり、後者は、人工知能研究のミンスキー、免疫学の多田富雄らが登場する。これら21世紀の精神科学への第一歩を踏み出した科学者たちの議論からは、最先端の科学的探究がわれわれに「自分」というものの考え方についての大きな変革を迫っているのが実感される。

そこからさらに進んで、シュレーディンガー、ウィーナー等の翻訳で知られる著者は、これらの議論を媒介とし、英語・日本語の訳の微妙な差異への注目をも梃子として、人間の心の謎に迫ろうとする。〈本書の焦点は、各人が自分は多少とも自由意志で行動すると信じているところの、その《自分》とは何かの説明にある。〉心身二元論を超えて、自分の身体的地平からすべて世界の問題につながって生きたいというわれわれの欲求にすら、応えようとする洞察と予見の書である。