みすず書房

世界文化史のなかで、個別科学や技術における中国の貢献はよく知られている。ししか、数学と仮説の数学化という近代科学のバックボーンをなすものについて、中国はいかなる準備をなしていたのであろうか。たしかに中国数学はユークリッドの論証的幾何学を欠いていたとしても、医学・天文学とならんで驚くべき高い水準に達していたことが、本書によって知られる。中国数学史の第一人者である銭宝綜が、中国数学の原典に対する最新の文献学的研究にもとづいて編集したこの通史は、文化史の欠を補い、われわれの長年の渇を癒すであろう。
その歴史は、般代の甲骨に刻まれた文字記数法に始まる。ついで、測量法・面積計算等、中国の社会構造と生産実践とに結びついた古代数学は、最古の数学の経典《九章算術》の体系へと結晶する。唐代中期以降は、計算技術にますます改良が加えられ、宋元時代の代数学の高度な発展は、普遍的な方程式を立てる〈天元術〉〈四元術〉という新しい代数法を生み、中国数学史に美しい輝きを放つ。それが失伝した後には、西洋数学との接触、酒代中葉には古代数学の復興、そして中国・西洋数学の融合を経験するのである。
紀元前から20世紀初頭にいたる中国数学の独自の思考と方法を現代に伝える本書は、中国科学文明の独自性の解明にも寄与する比類のない書である。