みすず書房

「セザンヌは、彼が自然から受けた感動をできるだけ巧く表現しようとして、いろいろな技法を開発しただけであった。このことをセザンヌは〈自然を実現する〉という言葉で表している……従来のセザンヌ論においては、彼の少年時代の原体験の重要性と、晩年の宗教性についての評価がとかく閑却されがちであった。しかし筆者は、セザンヌを理解するためには、これらの点がもっと強調されるべきだと考えている。殊に後者に関しては、印象批評としてではなく、できるかぎり造型的裏付けをもって解説してゆく心算である。また、セザンヌが黒を使わず、明るい色のみで描き、線の代わりに色彩のみで構成したなどという、広く流布されている誤りについても、実証的に反論する心算である」。(「まえがき」)

本書は、セザンヌの生涯をたどりつつ、平行して彼の画風の展開と深化を各ジャンルごとに、作品に即して精緻に分析したものである。著者はR・フライやL・ヴェントゥーリ、J・リーウォルドなどの研究業績、さらにティツィアーノやプッサンなどの作品を引用・参照しながら、随所に独自の見解を示し、セザンヌの目指した「画」の全体像を明らかにしてゆく。卓れた鑑賞眼と綿密な探究に裏打ちされた、第一級の成果である。また、セザンヌの各作品に付されたカタログ番号も研究者にとって有益であろう。これはまさに、著者が「長年暖めてきた夢の実現であり、いわばライフワーク」である。