みすず書房

「二十世紀という時代がくれた本を読んでいると、二十世紀前夜の冬のパリで一人の詩人(イェーツ)が大騒ぎのあとで悲しみをこめてしるした夜ふけの言葉、あとには、度しがたい神(the Savage God)あるのみ、という言葉をおもいだす。/わたしたちがもちえた物語の主人公、二十世紀という時代が生きてきた同時代というのは、確かに度しがたい神の同時代だったのだ、とおもう。わたしたちの手にのこされた本。それは名づけようもなく度しがたい神を相手どった、さまざまなかたちの個人的な訴訟記録なのだ」(二十世紀前夜)。

「そこへゆけば、ひとが言葉に出会うことができたのが、二十世紀の街の書店だった。いつかふりかえられるとき、二十世紀という時代は、人びとにとってなくては適わぬ、街の自由、社会の自由、精神の自由の、日々の表現としての書店が、世界のどこの街でものぞまれた時代として、きっとおもいだされるようになるだろう」(新しいあとがき)。

本書は、二十世紀において、いま・ここの問題に真摯につきあった芸術家たちがのこした、多様な本をめぐるエッセー集である。これはまた、二十世紀という時代を深く読みこんだ批評であり、言葉のむこうに目撃した、世界の同時代の感受性の光景を書きとめた、未来への在庫リストでもある。詩人がこれらの忘れがたい本たちと出会ったのは、自由な開かれた街の書店であったが、おそらくこのことも未来への貴重な記憶となろう。ジャリの『ユビュ王』とイェーツから幕を開ける本書は、『ノストローモ』・リンゲルナッツ・バルトーク・ミロから『収容所群島』・オーウェル・ブレヒト・『風と共に去りぬ』・マリリン・ディラン・チュツオーラ・『エルサレムの乞食』まで、さまざまな本と人間について、声は低いが確かな声音で語りかける。いま・現在を21世紀に引き継ぐための絶好の読書案内。

目次

1 二十世紀前夜
2 ノストローモ
3 マヤコフスキイの雨
4 時のざわめき
5 騎兵隊
6 アリとニーノ
7 一九〇二年級
8 戦後
9 階級
10 リンゲルナッツ
11 ロルカの死
12 ダイヤモンド広場
13 カタロニアの人
14 ミロ
15 プラハのミレナ
16 消点
17 プスタの民
18 バルトーク
19 偽旅券
20 赤いルビーの歌
21 兄弟殺し
22 疾患の記録
23 青髭の城にて
24 魔王
25 死者に投げられたパン
26 テーブルのうえの蟻
27 囚われの知性
28 マサリクの死
29 みにくいあひるの子
30 三人のピカソ
31 ネルーダ
32 ソヴェト文学史
33 キルギスの少年
34 ピョートルの場合
35 アウトロウ
36 収容所群島
37 時代のテクスト
38 ウェルズ
39 奈落の人びと
40 ウィガンへの旅
41 染物屋の手
42 ディラン・トマス
43 木とブレヒト
44 わが友詩人たち
45 自殺
46 詩を読まぬ人びとのための詩
47 コラ ブルニョン
48 ダビ
49 自由人の肖像
50 シチリアの空
51 パルチザン
52 ナポリ
53 二つの物語
54 日々の泡
55 涙
56 プレヴェール
57 頭にいっぱい太陽を
58 素材
59 J & B
60 蜂の巣
61 サンチェスとよばれた男
62 きず
63 テオドラキス
64 カメラと私
65 樹のように
66 パリのアメリカ人
67 ゼルダ
68 風と共に去りぬ
69 すばらしいアメリカ野球
70 ヘルマン
71 二十世紀のトウェイン
72 パパ
73 マリリン
74 自殺の研究
75 プラス
76 もう一つのアメリカ
77 アイデス(iDEATH)
78 Wの新たな悩み
79 サンチアゴのマリア
80 インディオの道
81 ペドロ・パラモ
82 幽鬼の森の物語
83 キチュイカ
84 草は歌っている
85 苦悩の町2番通り
86 マイブイエ・アフリカ
87 カイロのコーヒー
88 左腕のない男
89 エルサレムの乞食
90 オズ
91 ベイルートの少女
92 太陽の男たち
93 奇妙な出会い

私の二十世紀書店 目録
あとがき
新しいあとがき