みすず書房

「今世紀の初頭、ヨーロッパ文芸の一部に変革が起きた。といってシュルレアリスムや表現主義といった文芸運動のことを指しているのではない。美意識による美的再現(模倣・描写)芸術の他に、事物(対象)の在り方(事物存在)が、すなわち存在の本質である真実が問われる、いわば形而上学的芸術が台頭するに至ったことを言っているのだ」(序)。
文芸では、その対象を即自の事物としてとらえることが主要な課題となった。そのためには創造者自体が現実の生を脱し、事物とおなじ即自体として存在の場に立ってはじめて純粋な創造行為が成立することとなる。この創造行為のなかで事物が生まれる瞬間こそが、本書における「創造の瞬間」である。
模倣(ミメシス)芸術を脱却し、事物体として成立させること、この20世紀初頭の文芸・思想界に特徴的なテーマについての考察が、詩人リルケを中心にして重ねられる。ホーフマンスタール、カフカ、ポンジュ。そして時間論についてはアウグスチヌス、ニーチェ、ベルクソン、バシュラール…。そこに浮かび上がって来るのは、リルケの事物詩にある「予め失われた恋人」であり、芭蕉の俳諧精神の「物の見へたる光」、プルーストの「見出された時」である。
前著『リルケとヴァレリー』(芸術選奨受賞)を継ぐ意欲作の誕生である。