みすず書房

「枯淡はいかにも地味のようであるけれども、その実はもっとも安定した不易の美の姿であることに、やがて気づくはずである。主観の抑制は個性の否定のように感じられるかもしれないが、真の大いなる個性はそのような狭い通路を経てのみ表現されるのではあるまいか……俳句は叙情の詩ではなくて、抑情の詩だというべきである」。

五七五の十七文字。俳句という短詩型文学はいかなる特徴をもち、他の文芸とどう違うのか? 近代の散文に比べて、俳句はやはり〈第二芸術〉なのか?本書はこれらの問いに対し、俳句という日本独自の文芸がもつ特質を明らかにし、そのすぐれた所以を示した出色のエッセーを集成したものである。

「座談会のおもしろさは論理を散らすおもしろさである。散らしながら全体としてどこかつながっていないこともない。豆腐の論理であり、俳諧の美学である……言語表現においても、がっちり組み立てるのではなく、豆腐のような言葉を切って水に放つようなところにおもしろさを見出した。俳諧から座談会記事まで、日本の言語文化は放つ美学、逆エディターシップのおもしろさを追究してきた……」。

著者はこれまで、『修辞的残像』『近代読者論』『エディターシップ』などの著作において、きわめて独創的な見解を発表し、日本語の論理と表現の問題を一貫して論じてきた。本書もまた、俳句的な表現を詳細に論じつつも、広く日本語の個性に及んでいる。枯れ・冷え・耳の形式・季語のテンス・人脈から杉風論の文体・加藤楸邨・角川源義まで、さまざまな角度から俳句の世界を照射した本書は、同時にすぐれた日本語論=日本文化論でもある。

目次

I 
通俗の論/封建的/名実を忌む/枯れ/冷え/目と耳/なまけもの

II
耳の形式/エディターシップ/声と顔/点と丸/視点/よむ?/点と点/音楽と絵画の間/けずる/放つ

III
季語の地理/季寄せ/季語のテンス/季語は“引用”/切れ/切れ字断章/調べ/写生/新しい声

IV
人脈/杉風論の文体/不老の詩心/旅をする石/ルネッサンス的人間

あとがき