みすず書房

人生のよき先輩であり、友人のようでもあった穏和な父には、厳しい抗日運動家としての若き日があった。父の妹は、洋画家の草分けとして脚光を浴び、「新しい女」として注目を集めたが、それゆえに試練の日々を送らざるをえなかった。裕福な家に生まれた父・羅景錫は一四歳で因習的な結婚を強いられ、併合の年に日本へ留学した。やがて大杉栄を知り、社会主義に希望を抱く。帰国後三・一運動に参加し当局の監視下に。その後、ウラジオストク、奉天と舞台を移し、波瀾の人生を歩んだ。

おば・ヘソクもまた文筆に優れ、時代に先んじた女性だった。絵画に打ち込んだパリでの幸福な経験は、しかし思わぬ暗転の機縁となる。

かつて李光洙に英語の手ほどきを受けた著者は文学の道を選んだ。朝鮮戦争の苦難、復興と民主化の長い道のりを経たいま、改めて父の時代を振り返れば、そこに浮かぶのは日本の影である。

「いま私たちは、感情にゆがんだ鏡ではなく、ありのままに見える鏡に映し出された自分の姿を見つける必要がある。」

新しい両者の関係を願って書き下ろしたある家族の体験的20世紀史。

書評情報

インタビュー記事・桜井泉(記者)
朝日新聞文化面「東アジアの窓」2016年1月12日(火)