みすず書房

陸羯南(くが・かつなん)は、明治中期の新聞人・政論家である。明治憲法発布の日に新開『日本』を創刊し、日清・日露戦争の時代を背景に、「日本主義者」あるいは「国民主義者」と称される「進歩性と健康性」を有したナショナリストとして筆陣を張った。彼は、青森県弘前生まれの東北人、多くの明治ジャーナリストがそうであったように「維新戦乱の敗北者」として、筆をもって権力に対したのである。彼は自由民権運動の挫折のあとに、西欧の「国民」という観念を、日本天然の「資」に現実化すること、いわば「国民」を創出することによって、名目の自由ではなく、実質の自由を追求した。

羯南と正岡子規との関係は文学史上よく知られているが、子規の「歌よみに与ふる書」も新聞『日本』に連載された。『日本』には、福本日南、古島一雄、池辺三山、鳥居素川、三宅雪嶺、長谷川如是閑等が拠り、近代日本ジャーナリズムの源流をなしながら、ジャーナリズムの商業化の波のなかに消えていった。本書は、羯南の生涯とその周辺を描きつつ、彼の近代政治に対する姿勢を浮彫りにする。立憲政治が百年を経た今、「国民主義者」羯南の姿勢が生かされているか否か、検証するのは我々の義務でもあろう。

[1990年初版発行]

目次

序章 羯南という人
第1章 青春彷徨
羯南誕生のころ/学問への道/東北人/故郷を出る/法学校生徒/放校/帰郷、青森新聞社/北海道紋別製糖所
第2章 覇気鬱勃
上京/官吏となる/結婚/制度取調局/内閣官報局/『出版月評』の発刊
第3章 筆陣堂々——初期議会のころ
『東京電報』/羯南の国民主義/自由主義/憲法の来歴/『東京電報』逝く/『日本』創刊/立憲政体‐「第二の維新」/条約改正論争/「内治干渉論」/改正案始末/第一回総選挙/衆議院議長論/議会論‐第一回帝国議会/松方内閣と第二議会/選挙大干渉/第三議会/第二次伊藤内閣/第四議会/子規、日本新聞社に入る/『原政』と『国際論』
第4章 筆風挾霜——日清戦争以後
日清開戦まで/義戦論の風潮/「外交策」/日清講話と三国干渉/『遼東還地の事局に対する私議』/責任論争/戦後経営批判/超然主義崩れる/逆境的、最微弱内閣/社会問題研究会/第三次伊藤内閣/歌よみに与ふる書/列強の野望/憲政党内閣/第二次山県内閣/義和団事件‐北清事変/国民同盟会/伊藤政友会内閣/子規の世界‐『墨汁一滴』/サーベル内閣‐第一次桂内閣/清韓旅行/近衛篤麿、『日本』にのり出す/日英同盟/新局面
第5章 雲山茫々
外国の旅/二つの死/日露戦争/『日本』を去る/秋声悲響/終りの年‐明治40年
終章 羯南の“常”の立場
おもな参考文献