みすず書房

「好きな文章に出会うと、すぐそれを写したくなる癖が、わたしにはあるらしい。写していると、やがて自他の区別がつかなくなり、自分でも惚れ惚れするような名文を書いているという錯覚に陥ることがあるが、筆写にはそういうひそかな愉しみもある」(オーウェル「政治と英語」)

著者が文筆家としてデビューしたのは1963年春のことであった。それまでの6年間をアメリカとイギリスで暮らした著者は、戦後日本の転機となった「60年安保」を外側から体験していた。同時代をみつめる特有の視点、自由な精神に裏打ちされた著者独自の文章は、ここから生まれたといってよい。「政治は現実を語り、思想は理想を説き、かくして、その間に永遠の対立と緊張が存在する——、そういういわば散文的な現在の方が、政治社会の常態なのである。そして、政治と思想について、保守と革新について、現在わたしたちが考えをめぐらす場合に、その基礎におくべきものは、政治社会の常態であって、例外的な状況ではないように思うのである」(革新とは何か)

萩原延壽(1926-2001)の遺した文章から35篇を選んで一書にまとめた。「日本知識人とマルクス主義」「首相池田勇人論」など、主に『中央公論』誌上で展開した政治評論、先行する「歩行者」たる馬場辰猪や陸奥宗光・諭吉・兆民について、小林秀雄やアーネスト・サトウ、ミュージカルを描いた数々のエッセイや書評、〈リトリートの思想〉について、そして丸山眞男、藤田省三への思い。自由の精神を生きたひとりの知識人の軌跡をとどめる。

目次

I
人間と国
革新とは何か
日本知識人とマルクス主義

II
陸奥宗光小論
馬場辰猪の墓
福澤・中江・馬場
福澤諭吉
不朽の文字
岡義武『近代日本の政治家』を読む

III
ゲイツケルの死
日本の保守主義
首相池田勇人論
革新と革新勢力
池田時代の遺産
停滞的英国と進歩的日本

IV
小林秀雄と日本の近代
ミュージカルの「社会学」
戦後ナショナリズムの一章
片すみに生きる幸せ——立身出世主義を憂う
ジュネーブの孤独
サトウとワーグナー
オーウェルの“亡霊”
オーウェル「政治と英語」
知識人と政治

V
題名のない書評
怒りのボルテージ——藤田省三著『維新の精神』
「聖域」の消滅——ジャンセン編『日本における近代化の問題』
ECRASEZ L’INFAME——林達夫著『歴史の暮方』
『ツヴァイク全集』への期待
本との出会い

VI
三十年ルールのこと
不思議な縁——追悼・安部公房
丸山先生への感謝——遁走曲風に
読み取り、読み抜き、読み破ること

VII
イギリス体験と日本——文化交流の個人史から

解説  宮村治雄