みすず書房

処刑電流

エジソン、電流戦争と電気椅子の発明

EXECUTIONER’S CURRENT

判型 四六判
頁数 400頁
定価 3,080円 (本体:2,800円)
ISBN 978-4-622-07104-4
Cコード C0040
発行日 2004年9月17日
備考 現在品切
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処刑電流

電気椅子というものの存在を初めて知ったとき、「なぜよりによってそんな奇怪な方法で?」という疑問と不気味さを誰しも感じないだろうか。じつは電気椅子は、19世紀末の電力市場における直流と交流のシェア争いの、言わば副産物だったのだ。本書は、電力市場における直流と交流の争いに、マーケティングの重要性を知りぬいていた発明家エジソンが絡んで、ニューヨーク州で電気処刑が採用されるに至るまでの経緯を明らかにする。新しい科学技術の不確かさに乗じる市場の論理が、倫理的な問題の裏表を覆すという不条理を、これ以上グロテスクに示す史実もないだろう。
本書の後半は、死刑囚ケムラーが初めて電気椅子にかかるまでの論争を詳細にたどる。「残酷で異常な刑罰」を禁じる合衆国憲法修正第8条に照らして、電気処刑は違憲ではないのか? ケムラー訴件はこの問いを端著に、ついには合衆国最高裁から「残酷で異常な刑罰」の基準を引き出す。そこで明らかになるのは、むしろ「残酷で異常な刑罰」の禁止という枠組みの空虚さである。

本書の冒頭、著者はケムラーの電気処刑の模様を仔細に描写する。法廷での膨大な議論とはまったく違う次元で、ケムラーの電気処刑がまぎれもなく残酷で異常であり、人体実験であったことを示すためである。

電気椅子の発明とケムラー訴件の物語は、現代社会を映す痛烈な風刺劇のごとく、読む者に衝撃を与えるだろう。

目次

序章
第1章 いよいよだ、ウィリアム
第2章 電流戦争
──エジソン対ウェスティングハウス、DC対AC
第3章 電気処刑新法
第4章 ハロルド・ブラウンと「処刑人の電流」
第1章 「縛り首にしてくれ」
──ウィリアム・ケムラーの人生、犯罪、そして裁判
第6章 異常なほど残酷な刑罰
第7章 残酷でも異常でもない刑罰
第8章 ケムラーの遺産
──人道的な処刑手段を求めて
用語について
謝辞
訳者あとがき
原注
索引

編集者からひとこと

「人道的な」処刑法の探究史と、その歴史がはらむさまざまな矛盾・欺瞞を省みる本です。読めば、死刑制度の是非の問題、あるいは科学の進歩に伴って生じる生命倫理の問題について、突き詰めて考えざるをえなくなります。本書の、ないがしろにできない価値もそこにあります。

書評情報

野田正彰(精神科医)
東京新聞2004年11月14日
速で苦痛がない」という技術的問題に、さらには「残酷で異常」とは何かという法による定義の問題にすり替えられていったかを、詳しい資料から論述している。日本とアメリカのいくつかの州は、先進国で死刑を続ける数少ない国であるが、秘密主義の日本に代わって本書でアメリカの実態を知れば、死刑廃止への認識を深めるに違いない。
中野不二男
読売新聞2004年10月17日
ある時、交流の送電線で感電死した死体に苦痛の表情が見られなかったことから、「人道的」な手段として電気イスが浮上する。わずかに垣間見えた良心の呵責が、一瞬のうちにエゴに変化する様は、読み手に踏み絵を差し出しているかのようだ。……「人道的」という論争のなかで、第一号となるウィリアム・ケムラーの存在が完全に消えてゆく過程は、背筋が寒くなる。
木下直之
朝日新聞2004年11月14日
本書は、電気処刑の導入に際し、それが「残酷で異常な刑罰」なのかをめぐる法廷論争を詳しく紹介、いったい「人道的」な処刑があるのかという根源的な疑問を提示する。より「人道的」な手段を求めるのは、死刑から目をそむけたいがゆえだと著者はいう。日本は日本で、切腹・斬首・磔・火あぶりの代わりに、より「人道的」という理由で絞首刑を採用し、そのまま今日に至っているのだから、これは決して海の向こうの話ではない。
池内了(物理学者)
信濃毎日新聞2004年11月21日
おぞましい話ではあるが、その背景には、「人道的見地」を主張する国家、人々の科学とテクノロジーに対する信仰、有力企業の利権との結びつきがあったのだ。
糸井恵
デイリー東北2004年10月26日
現実には、世界初の電気処刑は迅速でも無痛でもなかった。そもそも残酷でない極刑などあり得るのか。死刑をめぐる議論には終わりが無いが、本書は死刑の是非に新しい光を当てるものとなるだろう。
三中信弘
生物科学2005年第3号
多面的な内容をもつ伝記だと思う。読者のもつ問題意識や事前知識によってさまざまな読み込みができる本ではないだろうか。……たいへん興味深い疑問がひとつ残る──「どのようなメカニズムで電流が生物を死に至らしめるのか」という点がいまだに解明されていないということだ。この〈科学的〉な問題点の解決が脇に追いやられ、政治・法律・業界・社会などの周辺世界に生じた波紋が思わぬ方向に広がっていく過程を丹念に後追いした著者の力量は本書を読めばきっと納得できるだろう。