寺田寅彦と現代
等身大の科学をもとめて
- 著者
- 池内了
「寺田寅彦について現代から再照射してみたい……といって、これまで多く書かれてきた寺田寅彦論を繰り返そうという意図ではない。彼の死から70年近くも経っており、現代科学は彼の時代から大きく変貌し、また社会における科学の位置づけも異なっている。過去を惜しむかのような寺田寅彦論ではなく、彼の眼を借りて、現代科学の有りようを批判的に炙り出したいのだ。現代の私たちは、科学・技術の巨大な成果に取り巻かれ、もはや科学・技術と縁を切って生きることができない。しかし、科学・技術の負の側面にも直面することになった。科学は善とばかりに考え、このまま野放図に拡大していって良いかどうか、じっくり考えるべき時が釆ている。科学の光と陰を見据えながら、寺田寅彦を現代に蘇らせてみようという試みである」(はじめに)。
寺田寅彦は「二つの文化」、自然科学と文学という二つの領域において輝かしい業績を遺した。科学にあっては、ゆらぎやアポトーシスなど、複雑系の科学への流れを想定し、映画や連句においてはモンタージュ論によって芸術理論の革新を計った。本書は、科学における多くの先見の明、戦争や地震災害にたいする対応などから、多面的な人間=寅彦の全体像を初めて明らかにし、その遺産を近・現代科学史に位置づけた刺戟的な労作である。
「寺田寅彦と現代」の著訳者:
著者からひとこと
2004年10月23日に中越地震が起こって1万人を越える被災者を出し、12月26日にスマトラ島沖の地震による津波がインド洋沿いの国々を襲った。津波による死者は20万人になるかもしれないと予測されている。地震は未だ予知することはできない。
突然襲ってくる地面の揺れと海の咆哮に、私たちは、うろたえ、被害に泣き崩れるしかないのだろうか。地球にとってくしゃみ程度の変動であっても、私たちに大きな苦難を与え、永遠に続く悲しみの記憶を残してしまう。自然の力の大きさに私たちはどのように対応すべきなのだろうか。
それに対する答として、平常時における防災のためのあらゆる手だてと、災害に襲われた後の減災のための機敏な行動であることを、寺田寅彦は口を酸っぱくして説き続けてきた。記憶を風化させず、常に自然災害を検証し直してイザという時の心構えとする、市民一人一人が自ら成すべきことを服膺して実地に活かせる知恵とする。そんな当たり前の、しかしつい忘れがちな教訓を、寺田はくどいくらい繰り返してきた。同時に、自然と力比べしない古人の知恵を学ぶことも力説した。地相を読むという意図せざる危険を避ける方策を高く評価したのだ。ついには、「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する」として「国防の常備軍」すらを提案した。
しかし、寺田寅彦が亡くなって70年が経った現代において、寺田の提言は生きているだろうか。高層ビルが建ち並び、高速道路が網の目のように広がり、時速200kmを越える列車が5分おきに行き交っている。便利さと効率性を徹底して追求した結果、災害に脆い都市構造を現出してしまった。地震や津波の警報体制が整備されてはいるものの、都市化の進展はそれを上回る惨状を準備しているかに見える。晩年の寺田は「進化論的災難観」や「優生学的災難論」を打ち出すに至ったのだが、その背景には社会の対応への大きな絶望があった。それは現代にも通じている。
本書は、自然災害のみならず、科学のありよう、戦争観、芸術論などについて、現代の目を通して寺田寅彦を読み直し、寺田寅彦の言を通して現代を逆照射しようとしたものである。多くの読者の目に触れれば、と願っている。(2005年2月 池内 了)
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この本の関連書
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「寺田寅彦と現代」の書籍情報:
- 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/272頁
- 定価 2,730円(本体2,600円)
- ISBN 4-622-07126-6 C0042
- 2005年1月21日発行
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