みすず書房

「私が探し求めているのは、いわば一軒の住宅に尽きる。建築状況を網羅する取材や執筆ではないのだ。建築家の考え方の形がそこを使い、住むことと連動しているさまを見て“おもしろい”と思うことに、建築書ではない、街や建築や住まいを語る本のイメージが結像すると、いまさら納得がいったのである」
伝説の雑誌「都市住宅」創刊以来、幾世代もの建築家を啓発しつづけてきた植田実の都市・建築・住宅批評をここに集成(全2巻)。「SD」「建築文化」「新建築」ほか専門誌での論考から、新聞各紙の建築時評、「太陽」「平凡パンチ」「家庭画報」ほか一般誌での連載コラムやエッセイまでを網羅。来たるべき〈都市住宅〉という測鉛に、日々生まれ出る同時代の作品群が遭遇した40年間の記録。写真・図版各巻約400点、本巻巻末に建築家索引・設計者別建築索引を付す。

目次

I 1987-1989
「瞬間」の永遠の相
家を住み継ぐかたち
風を感じる家——伊東豊雄自邸「シルバーハット」
漂流収納——高橋公子の研究と実践
旅する者のイメージ——鈴木恂の住宅群
建築時評
ポンピドーセンター「前衛芸術の日本」展/オルセー美術館/
再建されたバルセロナ・パビリオン/プレチニック再評価をめぐって/
篠原一男「東京工業大学百年記念館」/安藤忠雄「下町唐座」
街のアーキテクチュア探検
北川原温「RISE」/石井和紘「ジャイロルーフ」/横浜市建築局+
坂倉建築研究所「横浜人形の家」/高松伸「キリンプラザ大阪」/曽根幸一
「パルテノン多摩」/早川邦彦「コンフォート・ステーション」/仙田満
「相模川ふれあい科学館」/ワークショップ「SAYA」/鈴木恂+フィリップ・
スタルク「リストランテ・マニン」/磯崎新「ハラミュージアムアーク」/
中筋修「スパイヤービル」
山本理顕全作品解説
固有な文体の饗宴——『ジャパン・ハウス』序
新・和風住宅の光の間
早稲田大学所沢キャンパス——池原義郎の手法
快楽住宅——安藤忠雄「城戸崎邸」
光自在の家
いまどきの住宅
飯田善彦「VILLA CORTE」/難波和彦「野地邸」/三浦周治「布井邸」/
野田俊太郎「リゲティ’S BOX」/妹島和世「PLATFORM I」/
坂茂「M邸」/杉浦伝宗「NAP・HOUSE」/竹原義二「塗屋造の家」/
平倉直子「鎌倉山のアトリエ」/山本理顕「若槻邸」
「中之島2001」の全体像
都市空間のなかのやきもの

II 1990-1992
住居からの街
「トンネル」から「コスモス」へ——横河健の住宅
リラクゼーションへの解
屋根裏部屋からの旅——立原道造のミクロコスモス
若林広幸の「場所」
エキスパートに聞く——吉村順三・広瀬鎌二
生活と一緒になった住宅/木造の先にあるヴィジョン
くまもとアートポリス実見
現代建築の風景
原広司「ヤマトインターナショナル」/渡辺誠「青山製図専門学校1号館」/
谷口吉生「葛西臨海水族園」/北山孝二郎+ピーター・アイゼンマン
「コイズミライティングシアター/イズム」/六角鬼丈「東京武道館」/
伊東豊雄「中目黒Tビル」
まだ体験されていない自然の姿——長谷川逸子「湘南台文化センター」
箱のなかの風景——横河健「箱根VILLA」「DECO」
室伏次郎の仕事プレイバック
「新建築」月評
典型への収斂、典型からの回避——前川國男自邸
プロトタイプという神話作用——ファンズワース邸
「場所」の発掘——安藤忠雄の建築を体験することへの誘い

III 1993-1996
訪問までの歳月
建築家の水まわり構想
中心の置き方——伊丹潤の建築
その人、その建築
ダニエル・リベスキンド/篠原一男/吉田五十八
「出発」と「到着」の造形——関西国際空港
私的別荘論
20年後の「ドーモ・アラベスカ」
よみがえるヴィープリの図書館
日本の現代住宅設計に何が見えるか——私的領域と公的領域の錯綜
取材報告「パークコート杉並宮前」
「単位」と「建築」のあいだ——山下和正論

IV 1997-2006
一瞬の家の十年
声をかけてくる街
たしかに住んでいる/目印のつけ方/建物VS植物のコンペティション/
買ってくださいの景色/テンポラリー・アーキテクチュア
建築家の30代を問う
その人、その建築 シーラカンス/藤江和子
ヴォーリズの東京を歩く
建築は終わらない——安藤忠雄の「プロセス」
21世紀住居図鑑
鈴木隆之「EXCES」/千葉学「江東の家」/渡辺真理+木下庸子「NT」
モボ、モガたちの家づくり
住居がデザインされてきた時代——林雅子の「家」
思い出の戦後建築——消えたものの目録
住まいのような小さな美術館
懐かしい異次元の入口——「プーライエ」再訪

あとがき
建築家索引・設計者別建築索引