みすず書房

遠きにありてつくるもの

日系ブラジル人の思い・ことば・芸能

判型 四六判
頁数 496頁
定価 5,720円 (本体:5,200円)
ISBN 978-4-622-07379-6
Cコード C0020
発行日 2008年7月23日
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遠きにありてつくるもの

郷愁、言語、芸能を手がかりとして日系ブラジル移民の歴史と文化を再考する。厖大な資料との格闘と多年にわたる現地調査から生み出された移民研究の成果。2008年は日本人移民が初めてブラジルに渡ってからちょうど百周年となる。その感慨深き年に、著者の日系ブラジル文化研究の集大成である本書をお届けする。博学多才に基づく論述から、日系移民の全体像が輪郭をもって浮かび上がってくる。「故郷」についての考察を始め、全編にわたって読みどころが多い。
本書は長年続けてきた日系ブラジル文化研究の果実。『サンバの国に演歌は流れる』(中公新書1995)、『シネマ屋、ブラジルを行く——日系移民の郷愁とアイデンティティ』(新潮選書1999)以来の研究をまとめた。三つの主題を軸としたオリジナリティに満ちた分析が、日系ブラジル人の苦難の歴史と独自の文化形成を浮き彫りにしている。エドワード・サイードや多和田葉子らを参照しつつ語られる「故郷」「郷愁」の考察、コロニア語研究や日系ブラジル社会の弁論大会にみる言葉の問題、また、きわめて独自の展開をした芸能のことなど、厚い叙述に、切なさと驚きが満ちている。

以下は「はじめに」からの抜粋。
第1部は、「思い」を小題に掲げ、郷里へ向かう気持ちがどのようにつくられているかについて考える。ここでは本書全体の前提となる「思い」「情け」「郷愁」の概念を検討する。短歌・俳句・川柳の分厚い蓄積を文学史の外で使う試みで、インタビューや記事からは見えてこない心向きを描いてみたい。
郷愁について知識人は、それに囚われるのは精神の高邁さが足りないからだといわんばかりだ。しかし大半の移民は賢そうな批判をよそに、故郷に思いを馳せてきた。郷愁をその思いに共感しながら考えるほうが、上滑りな理論作りよりもずっと大切なことではないか。
第2部の主題は、「ことば」である。移民は、単に〈ここ〉にいるのではなく、つねに〈あそこ〉から遠いここにいると故郷・故国を迂回して、自分の位置を確かめがちである。そうした迂回の有り様が「ことば」という主題の下に浮かび上がる。
第3部は、オペラ、カルナバル、浪曲という広い意味の「芸能」を扱う。ブラジルで日本人が演じた『蝶々夫人』、カルナバルの日系人、移民史上の有名無名人物の伝記を語った創作浪曲を取り上げ、日系人の自己認識について探る。
(装丁:落合佐和子)

目次

はじめに

I 思い
1 情けと涙——異国めく故国に縋る心とことば
2 郷愁の系図
II ことば
3 借用語を抱きしめて——コロニア語の成立と展開
4 諸君! ——弁論大会と民族主義
5 日本ツピ同祖論——幻語学による移民創成神話
III 芸能
6 ブラジルの「バタフライ歌手」——異国趣味と民族主義がすれ違うオペラ
7 サンバの墓場で盆踊り——見た、踊った、化けた
8 移民史をうなる——日系ブラジル人の創作浪曲

索引

読売文学賞受賞

本書は第60回(平成20年度)読売文学賞〈研究・翻訳賞〉を受賞しました。
「「情」を、詠(うた)うのではなく論じるのは至難の技である。ものを捉える個性的な枠組みと、緻密な文献調査が、離れ業を可能にした。筆者は移民の表現(俳句・川柳・短歌、「幻語学」、カーニバル、浪曲)を熱く受け止め、冷徹に解読」(荻野アンナ氏選評より)

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