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ロラン・バルト 喪の日記

JOURNAL DE DEUIL ; 26 Octobre 1977-15 septembre 1979


「1978年8月18日
彼女が臥せっていて、そこで亡くなり、いまはわたしが寝起きをしている部屋のその場所。彼女のベッドの頭部をくっつけてあった壁に、イコンを置いた――信仰からではない――。そこのテーブルの上には、いつも花をかざってある。それゆえに、もう旅をしたくなくなっている。そこにいられるように、けっして花をしおれさせたりしないように、と。」

最愛の母アンリエットは1977年10月25日に亡くなる。その死は、たんなる悲しみをこえた絶望的な思いをもたらし、残酷な喪のなかで、バルトはカードに日記を書きはじめた。二年近くのあいだに書かれたカードは320枚、バルト自身によって五つに分けられ『喪の日記』と名づけられた。
とぎれとぎれの言葉が、すこしずつかたちをなして、ひとつの作品の輪郭をえがきはじめるのが日記からかいまみられる。そうして、母の写真をめぐる作品『明るい部屋』が生まれたのだった。
没後30年を前にして、初めて公刊される日記は、最晩年のバルトがのこした苦悩の刻跡であり、愛するひとを失った者が「新たな生」をはじめようとする懸命の物語である。訳者による精細な註と解説を付す。


「ロラン・バルト 喪の日記」の著訳者:

ロラン・バルト
Roland Barthes
1915年生まれ。フランスの批評家・思想家。1953年に『零度のエクリチュール』を出版して以来、現代思想にかぎりない影響を与えつづけた。1975年に彼自身が分類した位相によれば、(1)サルトル、マルクス、ブレヒトの読解をつうじて生まれた演劇論、『現代社会の神話(ミトロジー)』(2)ソシュールの読解をつうじて生まれた『記号学の原理』『モードの体系』(3)ソレルス、クリテヴァ、デリダ、ラカンの読解をつうじて生まれた『S/Z』『サド、フーリエ、ロヨラ』『記号の国』(4)ニーチェの読解をつうじて生まれた『テクストの快楽』『彼自身によるロラン・バルト』などの著作がある。そして『恋愛のディスクール・断章』『明るい部屋』を出版したが、その直後、1980年2月25日に交通事故に遭い、3月26日に亡くなった。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
石川美子
いしかわ・よしこ
1980年、京都大学文学部卒業。東京大学人文科学研究科博士課程を経て、1992年、パリ第VII大学で博士号取得。フランス文学専攻。現在、明治学院大学教授。著書『自伝の時間――ひとはなぜ自伝を書くのか』(中央公論社)『旅のエクリチュール』(白水社)ほか。訳書モディアノ『サーカスが通る』(集英社)フェーヴル『ミシュレとルネサンス』(藤原書店)『記号の国』(ロラン・バルト著作集7、みすず書房)『新たな生のほうへ』(ロラン・バルト著作集10、みすず書房)バルト『零度のエクリチュール新版』(みすず書房)マルティ/コンパニョン/ロジェ『ロラン・バルトの遺産』(中地義和と共訳、みすず書房)。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

目次

喪の日記 1977年10月26日―1978年6月21日
日記のつづき 1978年6月24日―1978年10月25日
(新たなつづき) 1978年10月26日―1979年9月15日
日付のない断章
マムについてのメモ
 
訳註・解説

書評情報

今福龍太(文化人類学者)
<2010年1月24日(日):読売新聞>
川本三郎<2010年3月号:YomYom>
六光寺弦(編集者)
<2010年3月号:新潮45>

この本の関連書


「ロラン・バルト 喪の日記」の画像:

ロラン・バルト 喪の日記

「ロラン・バルト 喪の日記」の書籍情報:

四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/304頁
定価 3,465円(本体3,300円)
ISBN 978-4-622-07502-8 C1010
2009年12月22日発行

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