みすず書房

19世紀末、精神分析の開祖フロイトとフランス精神医学界の巨星ジャネがそれぞれ研究を著すことによって、心的外傷の研究はひとつの頂点に達した。その後の精神医学の歴史において、心的外傷の研究は時代による盛衰を繰り返すことになる。とりわけ精神分析においては、こころの深層にある心的現実が重視されるあまり、現実の心的外傷の軽視という批判に曝されるまでになるのである。
わが国において、PTSD(外傷後ストレス障害)という診断名とともに心的外傷が注目されるに至るには、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件という大惨事を待たなければならない。本書は、大震災の地で精神科医としての人生をスタートさせた著者が、心的外傷と精神分析について述べるものである。
フロイトの外傷論、そして黎明期の精神分析においていち早く心的外傷の研究に従事したフェレンツィの業績を再考する前半部を通して、本書の読者は著者独特の臨床観へと誘われることになる。さらには前著『解離性障害の治療技法』から連なる解離性同一性障害患者の症例、いじめ、自殺、PTSDなど、心的外傷に関連する症例の数々により、独自の臨床観が肉付けされていくように鮮やかに体験されるであろう。
フェレンツィ、バリント、そして眼前の患者たち……。著者を刺激しつづけてきた古典文献の議論と、地を這うような臨床の記録を礎に、精神分析理論と外傷理論をつなぐ、迫真の心的外傷論である。

目次

序章

I 心的外傷と精神分析
イントロダクション
第1章 フロイトと心的外傷
第2章 フェレンツィの「大実験」再考
第3章 古典を読むことをめぐって——フェレンツィの「大人と子どもの間の言葉の混乱」を読む

II 心的外傷の臨床
イントロダクション
第4章 いじめを契機とする外傷後ストレス障害の力動的心理療法
第5章 治療の中断をめぐって
第6章 死と外傷——精神病水準の不安再考
第7章 解離性障害と自殺
第8章 PTSDの治療をめぐって——日常臨床への精神分析的理解の応用

III ある解離性同一性障害患者との心理療法・続
イントロダクション
第9章 カウチの導入をめぐって
第10章 治療の終結をめぐって

終章

あとがき
初出一覧
文献
索引

書評情報

舘 直彦(たちメンタルクリニック)
精神分析研究2014年春

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