みすず書房

政治犯として祖国の獄中にある兄たちをささえる日々のなかから、ふと旅に出た。初めてのヨーロッパ。その旅の途次に訪れた寺院や美術館で出会った絵画・彫刻の印象を、心の動きのままに綴る。たとえば、ゴヤの〈砂に埋もれる犬〉を、自分自身ではないかと感ずるように。

巨匠の著名な作品であれ、無名の芸術家の小品であれ、まず著者の眼をとらえて離さず、心を惹きつけてやまないもの、それは苦難にいろどられ血の滴るような人間の姿である。フラ・アンジェリコのキリスト磔刑、ミケランジェロの反抗する奴隷、ゴッホの自画像……。とともに静謐な美をたたえた作品のなかにも人間の生きる姿を読みとる。ボッティチェリの受胎告知、ボナの画家の妹の肖像、若いブールデルの自画像、カンピンの婦人像……。

歴史と人間、民族と個人、故郷と流亡、痛苦と死——在日朝鮮人の逃れえぬものを負っての巡礼は、作品によって心の底から揺り動かされ、また作品をその意味の深みから掘り起こす。今という時の流れのなかで、東と西の受苦の魂が交感する異色の美術紀行。

目次

1 カンビュセス王の裁き
2 受胎告知
3 デシェアンス
4 荒れもようの空と畑
5 ゲルニカ
6 砂に埋もれる犬
7 画家の妹の肖像
8 傷痕を示すキリスト
9 若いブールデルの自画像
10 婦人像
11 死せる恋人たち
12 エピローグとあとがき
旅の軌跡

挿図一覧