みすず書房

「作品の書かれた時代・場所で大方の人があたりまえのこととして知っていたらしいが、あたりまえすぎて記録に値するとはみなされていなかったような事柄、言いかえると〈共通文化〉の領域に入る事象については、後世の(また外国の)読者には案外調べがつかず、謎のままで残ってしまうことがままある。この場合も、そんな事柄を知らずともたいてい作品の理解を左右するほどではないのだろうが、一見些末と思えるそうした語が意外に読解の鍵になることもある。それを知らないことが落とし穴になって、肝心な点で読み落としたり読み違えたりすることがありうる。私の見るところ、そうした躓きの石がひそむ作品の書き手の代表格と思われるのが、ジョージ・オーウェルである」

稿を重ねるうちに『眺めのいい部屋』の主人公ルーシーのもつ旅行案内書が変わったのはなぜか? オーウェルが表題に掲げた「葉蘭」とはいったいどのような植物だったのか? ヴィクトリア朝中期から第2次世界大戦終結直後まで——貸本屋の棚揃えや流行歌のフレーズ、風刺漫画の登場人物など作中にさりげなく示されたキーワード、ときに翻訳で消え失せた語彙の含意を追いながら、ラスキン、モリス、ワイルド、フォースターほか作家・詩人と民衆文化との埋もれたつながりをあざやかに読み解くイギリス100年史。

目次

I
ベデカーなしでサンタ・クローチェへ  ラスキン、フォースター、フィレンツェ
葉蘭をめぐる冒険  オーウェル『葉蘭をそよがせよ』についての一考察
II
バーン=ジョーンズ、ラスキンとイタリアへ
ラスキンとセント・ジョージのギルド
ラスキンの芸術批評と社会思想
III
ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動
ケルムスコット・ハウスのオスカー・ワイルド
クリスティーナ・ロセッティの詩
汚れなき空のかけら  E・M・フォースターのディストピア
IV
ブリンプ大佐の頭の固さ  オーウェルの著作に見られる“Blimp”の使用例について
冷戦下の『動物農場』  ハラス&バチュラーのアニメ映画化をめぐって
「不釣り合い」な二人組  ウォーとオーウェル
「オーウェル風」のくらしむき
バーンヒルまで  ジュラ島訪問記
V
博言学者シュピッツァーの英米文学論集
イギリス民衆文化研究の端緒を開いて  英文学者小野二郎の仕事
平野敬一先生の教え

あとがき
初出一覧

書評情報

丹治愛(法政大学教授)
英語年鑑2014(2014年1月)

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