みすず書房

銀嶺に向かって歌え

クライマー小川登喜男伝

判型 四六判
頁数 324頁
定価 3,080円 (本体:2,800円)
ISBN 978-4-622-07739-8
Cコード C0095
発行日 2013年3月22日
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銀嶺に向かって歌え

「行為なくして山はない。情熱なくしては、いかなる偉大なことも起こりえない。山への情熱は、山に行くことのうちに純化されるだろう」
(東北帝大山岳部ルーム日誌より)

小川登喜男(1908-1949)。東京浅草の生まれ。旧制東京高等学校在学中より登山を始め、東北帝大山岳部(1928-31在籍)では、草創期のスキー登山によって、蔵王、船形山、吾妻連峰、八幡平など東北各地の山で活躍。さらに東京帝大山岳部(1931-34在籍)では、谷川岳一ノ倉沢や幽ノ沢、穂高岳屏風岩、剣岳の雪稜などを初登攀した、昭和初年代を代表する天才クライマーである。
登山史ではその名のみ高い小川だが、ほとんど山行記を残さず、また肺結核で早逝したこともあって、登山の内実や人物についてはほとんど知られていない。“伝説の”“孤高の”と呼び慣わされるゆえんである。著者はたまたま、東北大学山岳部の部室に遺されていた日誌を目にする機会を得て、そこに小川らのなまなましい肉筆を発見する。部室や蔵王小屋に集う岳友たちとの交情、山行報告、思索と随想、帝大生たちの青春、登山がロマンであり、文化であった時代——。
日誌を元に、関係者の証言や稀少な文献を精査して、小川登喜男という稀代の登山家の肖像を初めて明かした力作評伝。

目次

第一話 国境稜線に立つ——1930年夏
7月17日、キスリングに汗をしぼられ/先人、大島亮吉の道筋

第二話 東北帝国大学山岳部の生い立ち——1923年春

第三話 三日月のアヴェ・マリア——1928年4月
トキ坊入学す/小槍でつぶれたポケットのトマト/ルーム日誌に綴られたアンソロジー/クライミングはバドミントン・スタイルで/船形山塊・黒伏山南壁行/冬山の転戦——狼スキーのエピソード/厳冬の船形山に挑む

第四話 青木小舎に思索生活を探して——1929年冬
青木小舎の心象/悩むくらいならとりあえず山へ/大東岳単独行/田名部の絶体絶命、小川が救う/森の中のトーテムポール/アクシデントの恐怖! それを超えて高く燃える情熱!

第五話 谷川岳そして次なる径へ——1930年冬
成瀬と小川、会津の山へ/一ノ倉沢登攀前夜/屋上登攀者の憂鬱/松尾鉱山の「豊ちゃん」のこと/深町、田名部ら帝大重鎮による東北最果てスキー横断/なつかしい小舎よ Auf-wiedersehen!/蔵王ヒュッテ最後の日々に

第六話 闇に飛ぶキューエルスフロイド——東京帝大時代
小川と田名部それぞれの道、そして再会/谷川岳・幽ノ沢左俣第二ルンゼ初登攀/谷川岳・幽ノ沢右俣・右俣リンネ初登攀/谷川岳・マチガ沢・オキの耳東南稜初登攀/穂高岳・屏風岩第二ルンゼ初登攀/穂高岳・屏風岩第一ルンゼ初登攀/田名部の谷川岳一ノ倉沢彷徨/谷川岳・一ノ倉沢四ルンゼ初登攀/滝沢下部について/谷川岳・一ノ倉沢第三ルンゼ登攀/谷川岳・一ノ倉沢コップ状岩壁右岩壁・右岩稜付近初登攀/西穂高間ノ岳登攀/奥穂高岳南稜 積雪期第二登/奥穂高岳・岳沢コブ尾根積雪期初登攀/前穂高北尾根・涸沢側 I・II 峰間リンネ積雪期初登攀/谷川岳・一ノ倉沢一ノ沢から東尾根の積雪期初登攀/剣岳・八ツ峰I峰東面・I 稜から5・6のコル積雪期単独初登攀/剣岳・源治郎尾根・積雪期単独初踏破・初下降/西穂高岳天狗岩登攀/西穂高岳山域・明神岳五峰東壁中央リンネから中央リッペ初登攀/前穂高岳・中又白谷初登攀〜松高ルンゼ下降/屏風岩γ(ガンマ)リンネ登攀/朝鮮半島外金剛仙峯山群遠征/谷川岳・一ノ倉沢衝立岩中央稜初登攀/谷川岳・一ノ倉沢烏帽子岩南稜初登攀

第七話 もう一度穂高へ——生のきらめきを求めて

あのころはいつも輝いていた——むすびにかえて

[付録] 森の中  小川登喜男

参考文献一覧

書評情報

角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)
朝日新聞2013年5月12日
河北新報「河北春秋」欄
2014年7月13日

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