みすず書房

「キリストは、我々の歴史を動かしてきた輝かしい人物である。アッシジの聖フランシスもそのような人であった。彼は、全ゆる意味でキリストに次ぐ者である……もし現代において殆ど彼らと同様の頂点をきわめた者がいるとすれば、それはD・H・ロレンスであった。ただ彼の人生の悲劇は(したがって我々に時代の悲劇は)、たとえロレンスが第三の偉大な人物であったとしても、我々は決してそれを知ることがないというところにある」(ヘンリー・ミラー)
「ロレンスは、死の瀬戸際まで行った人の眼で物を見ているように思えた。彼が闇から浮かび上がってくるとき、世界は底の知れぬほど美しい、神秘的な姿を顕わすのだった……木や野菊であることがどんなことなのか、砕ける波や、或いは神秘的な月であることがどんなことかさえ、ロレンスは私的な体験により知っているようであった」(オールダス・ハックスリ)

ロレンス没後80余年を経た今、彼の文学的な評価はほぼ確定したかに見える。しかし、彼が社会に受け容れられる日は、同時にその〈毒〉が薄められ、実際から離れた〈虚像〉が生まれる時かも知れない。本書は、「ロレンスの作品を読む読者が必然的に行き当る〈不可知〉の部分に」光りを当て、そこに彼の文学的生命が潜在することを明らかにしてゆく。代表的長篇と詩を精緻に分析・鑑賞し、さらに、伝記や研究書を批判的に検証する。「文学」の領域をはみ出すロレンスの作品宇宙へ誘う第一級の作家・作品論。

目次

はじめに

I
『白い孔雀』
『恋しい息子たち』
『恋する女』
『チャタレー夫人の恋人』

II
「カンピオン」
「金魚草」
「彼と彼女」
「西洋花梨と七竈の実」
「平和」
「海は愛を知らないと人は言う」

III
ムア『愛の高僧——D・H・ロレンス伝』
「ロレンス神話」の在処——公的記録に見るロレンスの母の家系
伝記の陥穽——ケンブリッジ大学出版局版D・H・ロレンス伝第一巻をめぐって
デイヴィッド・エリス『D・H・ロレンス——死にゆく獣 1922‐1930年』
「ある邂逅」——フリーダ・ロレンスの謎

IV
「プロシア士官」論
「母親殺し」神話としての『恋しい息子たち』

あとがき
参考文献

関連リンク