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細川周平『日系ブラジル移民文学』 I

日本語の長い旅[歴史] (全2巻)

長期取材と徹底した踏査にもとづく日系ブラジル移民研究の集大成。全篇書き下ろし。
第I巻の巻頭におかれた「はじめに」は、全2巻全体への「はじめに」です。抜粋をここにご紹介します。

『日系ブラジル移民文学』全2巻「はじめに」より

細川周平

本書は私の日系ブラジル文化に関する四番目の本にあたる。まず専門である音楽の歴史から始め(『サンバの国に演歌は流れる』)、ついで趣味として見てきた映画についてまとめた(『シネマ屋、ブラジルを行く』)。それから音楽の周辺にある芸能や、共同体や自己の拠り所である心情・言葉について考えてきた(『遠きにありてつくるもの』)。三冊を通して短詩を文の彩として、生活の細かな一コマや心情の記録として散らしてきた。前著の郷愁論では短詩が活躍した。短歌には『万葉集』以来のふるさとへの思いの分厚い蓄積がある。俳句は具体的な事物に即した感情を描き、川柳は表立ってはいえない未練や怒りや後悔を吐露する。韻律に乗せられた言葉を介して、無名人の集団の心をのぞいてみた。「思い」という日常語の深さを教わったのは、移民の詩歌からだった。

現地の新聞雑誌をめくると、必ずといっていいほど文芸欄に出会う。だから移民の文芸活動の重要性は最初からわかっていたが、それに集中するにはずっと抵抗があった。量が膨大であること、そして文学の教養と素養に欠くことがその理由だった。前者は時間をかけてしらみつぶしに読むしかない。言い換えれば時間さえかければ何とかなる。しかし後者はそうやすやすと不足を取り戻せない。だが対象を作品の分析に絞らず、文学界の分析に向ければ、これまでやってきた歌謡界や映画界の知識が役立つだろうと楽観的に方針を立てなおした。思いついた方法が、「作品」を読むのではなく、歌ったり映画を見るのと同じように、日々の営みとして「文学する」ことを調べるという方法だった。

動詞「文学する」は座りが悪いが、読む、書く、写す、語る、暗唱する、感動する、調べる、集まる、教える、教わる、争う、選ぶ、刷る、製本する、売る、買う、捨てる、さらには忘れるまで含めて、文学に関わる営みを包括的に指す。広い意味の文学活動を可能にする人脈やモノや場所、情報や金の流れ、技術や心向きにも眼を向けることで、これまでかじってきたエスノグラフィーの方法で文学を扱えるのではないか。歌謡史研究はすばらしい歌手を発掘したり、歌のうまさを論じることではなく、なぜ人はちょっとしたきっかけで歌い、集い、歌を作り、組織を作り、楽団や機械の伴奏で歌い、順を争うのかという問いから始まった。映画史も似たような動機から取材を始めた。文学についても人がなぜ創作し、どこにどのように発表し、評価を受けてきたのか、という問いが根本にあり、創作を支える組織、読者層、日本の文学界との関係などについて調べた。文学の素人、素人の文学を論ず。これを合言葉に、百年間に蓄積されてきた作品やその周辺記事を読み、関係者の話を聞いてみた。ほとんど誰も外部の読み手を持たず、批評も出ていないのをいいことに、文学の素人にも出番があると自分を納得させた。その結果がこの二巻本である。

第一巻はジャンルごとの通史を扱い、第二巻は論争、雑誌、傾向、作品、作者などテーマ別の評論を集めた。通史の知識なしでも読めるはずだが、あるにこしたことはない。ジャンル別の通史は年表を散文化したようになりがちで、味気ない。しかし日本語文学はジャンルごとに人脈、美学、雑誌が大体まとまっており、大枠をつかむにはその筆法を捨てがたい。へたに理論づけるよりも大量の作品群をまず紹介したい。それと同時に読者に馴染みのない固有名詞の羅列は避けたい。妙案を思いつかぬまま、まず朝鮮や満州や南洋などで1945年まで書かれた植民地(外地)文芸やその研究を読むが、多くが職業文士中心で、素人文芸にはあてはめにくいと思えた。それに日本の植民地支配の下の文芸活動は、その外の場合とあまりに違い、「外地文芸」として一括するには無理があるようだ。組織の足場が違う。人の「心細さ」が違う。「もどかしさ」が違う。次いで地方文学史を拾い読みするが、有名人を中心にしたエピソード集で地元文化の顕彰につとめる調子が強く、目玉になる人物や作品が不在の地域への応用は厳しいと判断した。

(中略)

題名の「長い旅」はもちろん地球半周の大移動を指すが、もうひとつ、傑作から凡作までたどる長旅を暗に含めている。名作に感化されながら、素人の筆はそこからはるか離れた水準にしか達しない。これは取り上げるに値しない自明の前提かも知れないが、本書はあえてそこに踏み込む。文学と呼ばれている場の一方の果てには、既存の表現の枠を超え、精鋭の評論家・研究者が腕を振るい、文学の新たな定義に挑戦するような尖端、あるいは広範囲に流通する商業的成功作があるが、もう一方の果てには、専門家に「文学未満」と切り捨てられ、ほとんど誰の目にも触れない末端がある。しかしこの裾野でさえ、ズームを上げれば高さの違いを観測できる。傑出した作だけを取り上げる態度は極力抑え、私の眼には「駄作」と映ろうが、「剽窃」が証明されようが、「類型」と思われる傾向や歴史的に興味深い論点を含むならば随時取り上げた。それによって書き手の関心や様式の推移が大雑把に追えるし、日曜作家の世界にも流行があることがわかるだろう。無名人の作は個人の表現であると同時に、集団の心的活動の記録である。類型性は良くも悪しくも素人文芸の本質といってよい。大多数の作は既存の枠に収まり、個々の区別がつきにくい。だがそこから眼をそむけては、「代表作」中心の日本文学史やその地方版の再生産に終わってしまう。私の眼から見た代表作や問題作は洩らさぬように気をつけたが、重要なのは、傑作から凡作までアマチュアの世界でも種々雑多の水準があり、その総体が文学共同体を形作っているという考え方だ。作の出来不出来は「文学した」結果にすぎない。名手から音痴まで勢ぞろいするところにカラオケ大会の意義があるのと似ている。同じ理由から、「ブラジルらしい」作にもそうでない作にも眼を配ったし、中央(サンパウロ)に偏らないように配慮した。通史に収まらないテーマが現われた場合には独立させて、第二巻に収めた。

(中略)

ブラジルの日本語社会は縮小の一途をたどっている。当然、高齢化が進んでいる。本国の高齢化とは原因が異なり、新移民が60年代以降、あまり補充されず、子孫に言葉があまり伝承されないという事情が大きい。日本語の読み書きに堪能な層がやがて亡びることは60年代から予測されてきたが、21世紀にはいよいよその長引いた終末期の幕引きにさしかかったという実感が、一世の間に重く広がっている。日本語新聞の発行部数が減少している。雑誌が廃刊される。文芸誌に会員の訃報を見ない日はない。私はそれを惜しいと感じている。一方、日系ブラジル人の人口はつねに多くなっているが、何の感想もない。同胞の繁栄などとは決して思わない。一世に対する親密感は、亡びていく世代に対する同情心と日本語文化に負うところが大きい。個人だけでなく集団レベルでも高齢化が著しい共同体では、〈生きている〉には〈生き残っている〉という感覚が抜きがたい。「先没者」と隣り合わせで暮らす感覚、もうすぐ向こう側に渡る確信が誰の心にもある。彼らの思いは「遅れて」到着した部外者にも感染し、本書は全体として、衰退中の言語共同体に対する哀惜と先人に対する追悼の念が流れている。心情的にはそれに流されている。それは「外の人」の涙にすぎないのかもしれないが、愛着がなければ、「長い旅」には出られなかったと思う。 笠戸歴十二年(1919年)、後に『日本新聞』を創刊する翁長助成は、長い船旅を終えた安堵を次のように詠んでいる。文学の大洋に漕ぎ出す私たちの長い旅もまた、喜びにさざめきながら着岸を迎えたいものだ。

二ヵ月の航海おえし喜びかさざめきあえる船舷の群れ
(翁長助成、1919年)

copyright Hosokawa Shuhei 2012




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