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トピックス

双極性障害とそのバイオミソロジー

バイオバブルが人々を治療に駆り立てる時代

  • デイヴィッド・ヒーリー
  • [聞き手]クリストファー・レーン
  • (坂本響子訳)

[1]

デイヴィッド・ヒーリーは英国精神薬理学会の元事務局長であり、その著作には、120編以上の論文のほか14冊の著書、たとえばThe Antidepressant Era(邦訳『抗うつ薬の時代──うつ病治療薬の光と影』、星和書店、2004)やThe Creation of Psychopharmacology、そして双極性障害の歴史に関する魅力的な新著Mania(邦訳『双極性障害の時代──マニーからバイポーラーへ』、みすず書房、2012)などがある。ヒーリーは製薬会社の姿勢を批判したために、精神医学界や薬理学界の人々との間に軋轢が生じている。その一方、一流の学者・研究者・臨床医として彼の専門知識は誰もが認めるところであり、それゆえに英米の精神医学界におけるパターンと問題点について、卓抜な視点を持っている。このほど、双極性障害の患者数が増える一方であること、またその定義が拡大されたことについて、質問に答えてくれた。

──新著の『双極性障害の時代』では、かなりのページを割いてこの疾患の「バイオミソロジー(生物学を装った神話)」を紹介しておられますね。特に、どのような点を念頭におかれていますか?

バイオミソロジーは「バイオバブル(もっともらしい生物学用語を用いてはいるがいいかげんな言説の流行)」と関連しています。「バイオバブル」というのは1999年に私が作った造語で、一般に使われる表現である「サイコバブル(心理学用語を用いてはいるもののいいかげんな言説の流行)」に対応する言葉です。バイオバブルとは、たとえば気分障害やADHD(注意欠陥多動性障害)や不安障害の根底にあるとされる、セロトニンレベルの低下仮説や化学的アンバランス説といったようなことを指します。これは、フロイト理論において精神力動的な障害の根底にあるとされるリビドーの変化と同じくらい、神話的なものです。

リビドーやセロトニンは実在しますが、かつての精神分析医やいまの精神薬理学者によるこういう用語の使い方は──特に、それらが大衆文化に浸透した形となると──いかなる潜在的なセロトニンレベルとも、測定可能な化学的アンバランスやリビドーの障害などとも、まったく無関係です。こういう用語が大衆文化にどれほど早く、またどれほど広く受け容れられるかといったら、驚くばかりです。いまではほんとうに多くの人たちが、調子が悪いとか気分がすぐれないと感じると、お決まりのように、どうもセロトニンのレベルがおかしくて、などと口にするんですから。

双極性障害の場合、バイオミソロジーの中心にあるのは、「気分安定化(mood stabilization)」という概念です。しかし、薬で気分が安定化するという証拠はまったくありません。それどころか、脳内の「気分中枢」について語ることに意味があるのかどうかさえ、明らかではないのです。人々に薬を飲ませ続けるためのバイオミソロジーにはもう一つの要素として、そういう薬が神経保護作用をもつという印象付けがあります──が、それが正しいという証拠は何ひとつありません。むしろ、こういう薬は脳にダメージを与えかねないのです。

──「躁病(mania)」についての現在の理解は、この現象についての昔の概念と、どう違うのでしょうか?

双極性障害は、それ自体がいささか神話的な存在です。この用語の現在の使われ方は、古典的な躁うつ病(manic-depressive illness)とはほとんど関係ありません。古典的躁うつ病は、うつもしくは躁のエピソードを1回起こすだけで、入院が必要な病気でした。現在「双極性障害」の項目にまとめられている症状は、1960年代から70年代にかけてなら「不安神経症(anxiety)」と呼ばれ、精神安定剤で治療されていたもの、また90年代なら「うつ病」というレッテルを貼られて抗うつ薬で治療されていたものに近いでしょう。

【D・ヒーリーの好評既刊】


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◆双極性障害の時代
――マニーからバイポーラーヘ
江口重幸監訳 坂本響子訳
最近診断の急増している「双極性障害」とは何か。気分安定薬の売り込みが新たな医学的虚構を生みだした事実を、「躁病」の研究史の徹底的な見直しによってあぶりだす。『抗うつ薬の功罪』に続く渾身の告発であり、第一級の医学史研究。(4200円)