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2017.02.24トピックス

『書物と製本術――ルリユール/綴じの文化史』「はじめに」より

野村悠里

  • 装幀において、本書の表紙は、アマンという製本職人が残したダンテル紋様を採用しています。
    カバーと見返しの水色は、民衆本(青本)の色です。青本は17、18世紀フランスの民衆文化を語るときに不可欠のもの。行商人の手で広まり、都市でも農村でも親しまれた青本。その色が、この水色です。

「はじめに」より

野村悠里

20世紀前半に至るまで、パリでは仮綴本が販売され、読者は書店で購入したフランス装を好みに応じて製本工房に依頼し、革製本に綴じ直すという読書文化が根付いていた。現在は、製本を専業とする伝統的な職人はわずかで、表紙を仕立てる製本店は少ない。……〔中略、以下同様〕


『書物と製本術』表紙

本書は、フランスの伝統的な手かがり製本であるルリユール(reliure)について、製本職人による本づくりの世界を明らかにし、一枚の紙を折り、折丁を束ねて一冊の本にする工程の技術的発展を分析するものである。フランスにおける製本研究においては、王侯貴族の所蔵本を中心に、金箔押し装幀の制作者とデザインを時系列的に分析することが行われてきた。……

先行研究で指摘されてきたように、17、18世紀のルリユールは、王侯貴族の庇護を背景として、ポワンティエ装幀やダンテル装幀など最も豪華で繊細な金箔押しのデザインが創りだされた時期とされている。本書ではルリユールのルーツを辿り、豪奢な表紙の外観とは裏腹に、製本職人の手仕事は形骸化し、本の内部の綴じや製本工程は簡略化していったのではないかという論証を試みる。外観のデザインばかりではなく、書物本来の重層的な構造や製本工程のプロセスを通して、職人の本づくりの世界を分析することを目標としたい。

本書の考察対象とするのは、活版印刷術が成熟して本の生産が盛んになり、手工芸製本が最も豪華で洗練されたとされる300年前の本づくりである。第一に、王権統制による組合の変容を分析しながら、製本工房で作られていたヴレ・ネール(vrais nerfs)、ア・ラ・グレック(reliure à la grecque)、フォー・ネール(faux nerfs)などの多様な綴じの手法を明らかにすることを課題とする。……

……本書はただ単に、製本の物としての物理的構造の分析に結論を帰着させることが目的でないことを付け加えておきたい。第二の課題は、製本工房における職人の作業を、現存する資料から読み込んであらゆるイメージを掘り起こし、生き生きとした工程の全体像を、他の手工業者との関係性の中で浮かび上がらせることである。18 世紀の量産に適した製本術の発展が、どのように製本職人の心性に変化をもたらしたのか、ルリユールをめぐる文化的記憶を辿ることを目的としている。

20世紀以降、フランスの書物史を築いてきたアナール派歴史学は、事件史から社会史へ、さらには過去の再現と蒐集ではなく、過去に問いを掛けて過去から答えを引き出す問題史へと変貌してきた。書物史は、教会司祭、官僚、医師、学者など様々な社会集団における蔵書構成からその知的関心の対象をダイナミックに描き出し、王族の稀覯本のみを扱った伝統的な歴史学とは一線を画すものであった。しかし、読者の創造的な読書や生き生きとしたテクストの享受に光があてられる一方で、王侯貴族の蔵書に従事していた製本職人の日常的な労働作業は、書籍商や印刷業者のテクスト生産にも結びつくことができないまま、一部の蔵書家の骨董や蒐集趣味に隠れてしまうことになったと思われる。

物としての物理的な構造に還元されるだけでは終わらない本づくりの歴史的な条件や、書店と製本工房の関係あるいは箔押し職人と鏡縁金箔押し業者との職域の競合という、読者の手にする多様な本の流通形態の裾野にも目を向けなければならないだろう。本書がさまざまな文化資源学的資料の横断的検証から、本づくり工程、職人同士の社会的結びつきやきずなに着目するのは、そうした問い掛けから出発するものである。

copyright NOMURA Yuri 2017
(著者のご同意を得て抜粋転載しています)




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