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2017.06.27トピックス

《ヒトラーへの285枚の葉書》の原作者、ファラダの手になる超ロングセラー

ハンス・ファラダ『ピネベルク、明日はどうする!?』 赤坂桃子訳

今夏、全国で劇場公開となるヴァンサン・ペレーズ監督作《ヒトラーへの285枚の葉書》の原作である『ベルリンに一人死す』(小社刊)。その作者、ハンス・ファラダ(1893-1947)の名を一気に世に知らしめた超ロングセラー。それが、本書です。ボリュームのある長編でありながら、刊行後たちまち各国語に翻訳されて、舞台化、映画化されて、親しまれてきました。

この物語は、1932年、新聞の連載小説として人びとの前にあらわれました。高尚な文学作品としてではなく、普段着をまとった、大衆に親しい姿で。
時はワイマール共和国末期。マルク紙幣が一夜にして紙屑同然になったハイパーインフレ後に長くつづく不況と大量失業の時代です。主人公の若夫婦、ピネベルクと子羊ちゃんは、新婚生活をスタートさせた北ドイツののどかな町から、まばゆい豪奢と貧困が同居する大都市ベルリンへとやってきます。職を失ったピネベルクのところに、彼の母親から舞い込んだ再就職のつてをたどって。ところが、ベルリンでふたりは、母のミア、謎めいたいかさま賭博師、新しい職場の上司に同僚、労働者階級のおやじ、売れっ子の俳優との戦いにつぎつぎに投げ込まれてゆきます。

急転に急転をかさねる若夫婦の運命を、ときにユーモラスに、ときにシリアスに描きながら、ファラダは、ナチズム一色に覆われるドイツへの道を用意した1930年代の社会の暗部を、この「大衆小説」の中に写し取ってゆきます。そして、全体の5分の4も過ぎ、残りページもわずか、というとき、物語の色合いは一変する――

そう、これまでに、いろいろな国で、いろいろな装丁で出されてきた本書ですが、見わたしてみても、なぜかピンとくる装丁にはめぐりあえませんでした。装丁がこれほど難しい本もめずらしい。それは「残りページもわずか、というとき、物語の色合いは一変する」この物語の、不思議な明るさと暗さの交差のためではないでしょうか。

ファラダの小説世界を映し出すような写真や絵をもとめて探しつづけていたある日、一枚の写真が目にとびこんできました。アメリカの写真家、ウォーカー・エバンスが1930年代に撮った作品です。
エバンスといえば、『アメリカン・フォトグラフス』。1930年代のアメリカという国と時代を客観的に写しとったこの写真家が、こんな一枚をのこしていたことは、まったく知りませんでした。

豪壮な建物の前に集う労働者階級の男たち。ツナギに上っ張りを羽織り、パイプをくわえた彼らは、何を見、何に耳を傾けているのか。その中に、彼らとは反対の方向に顔を向けた、白い帽子に白いカラーもまぶしい若い男がひとり。その姿は、物語のページから抜け出てきた「ピネベルク」そのもののように思えました。

自分の生活の小さな足場を守らねば、という焦りと、明日への不安。先に希望が見えない社会の閉塞感が、やがてヒトラーの台頭を許し、国じゅうにたくさんの野獣を育てていった。その結果は、物語のなかに生きる登場人物たちの目にはまだ映っていません。
お金がないから結婚できない、子供なんてとても作れない、そんな時代に「うっかり」できちゃった婚で夫婦となり、たっぷりの心配と希望を抱えながら奮闘する若いカップルの運命を、当時の読者、〈一介の庶民=名もなき人びと〉はどう読んだことでしょう。そして、私たちはどう読むでしょう。




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