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2017.08.10トピックス

「日本語版への序文」ウェブ転載。ミカーリ/レルナー編『トラウマの過去』

M・ミカーリ/P・レルナー編『トラウマの過去――産業革命から第一次世界大戦まで』金吉晴訳

(巻頭の「日本語版への序文」全文をここでお読みになれます)

日本語版への序文

このたび、金吉晴氏の多大な御努力によって『トラウマの過去』が日本語に翻訳されましたことを大変嬉しく思います。自分たちの学術成果が、それまで予想もしていなかった新たな人々に読まれるようになることは、学問に生きる者にとってこれ以上はないほどの喜びです。とりわけ私たちのどちらも日本の歴史の研究家ではなく、本書が日本ではなく欧米の歴史を扱っていることを考えますと、このたびの日本語への翻訳は一層嬉しく感じられます。

同時にその喜びは、大きな悲しみをも伴っております。というのも私たちは、日本の人々がこうした書物に関心を抱いている背景をよく承知しているからです。2011年3月11日に破壊的な悲劇が日本の東北地方を襲いました。この被害は三つの互いに結びつき合った出来事を含んでいると聞いております。第一には巨大な震災が日本の東北地方に生じ、第二には30分もしないうちに地震による津波がその地域の沿岸部に到達し、多くの地域が被害を受けました。この文章を書いている時点で、この災害の犠牲者は1万5000人を超え、それ以外に多くの住民が行方不明になっておられます。第三には、津波に引き続いて福島第一原子力発電所で爆発事故と放射性物質の漏出が生じました。近隣地域の何万人もの人々が自宅からの退去を強制もしくは勧告され、避難所、避難先での不自由な生活を余儀なくされました。この事故の長期的な健康への影響に不安を抱いている人々も少なくありません。多くの科学者が、この年の3月から5月にかけての複合災害は日本の災害史上、戦争を除けば最大のものであったと考えています。

この「東日本大震災」に際して世界の多くの国々が貴重でかけがえのない支援を行いました。しかし私たちは、こうした緊急の物質的支援のほかにも、概念、情報、知識を通じた支援が存在すると考えておりますし、本書がそのような形で日本の読者の役に立つことを願っております。

本書の中心となるのは英国、ドイツ、フランス、イタリア、そして米国においてトラウマが社会という集団によってどのように経験されてきたのかについての11の事例検討的な論文です。本書が扱っているのは1870年代から1930年代にかけて、主として欧米で生じた歴史的出来事ですが、そこから「学ばれたこと」のいくつかは今日の日本にも当てはまるものと考えています。まさしく私たちが本書を通じて期待していたのは、世界的に環境危機が高まっている現在において、トラウマとその医学的・文化的影響について広く世界的な比較研究をするための基盤を築くことであったのです。

本書の受け止め方は、読者の背景や関心などに応じて、さまざまに異なっていることでしょう。しかしながら私たちは、欧米と東アジアの状況には明らかにいくつかの共通点があると考えています。たとえば予期しない甚大な災害に対する多様な心理的ストレス反応、作用しているさまざまなストレス要因、それに対する医学的・治療的な対応などです。そして何よりも、多くの住民が巻き込まれた急性のトラウマに対して、短期的にせよ長期的にせよ、社会と政府がどのように対応するのかが決定的に重要になる、そのような地理的・歴史的な背景も共通しています。

最後に申し添えますが、私たちは本書の日本語への翻訳が、人間のトラウマについての真に双方向的な概念と情報の交流をもたらすことを願っています。日本の精神保健医療の関係者は、自国での震災の直後に行われた研究やインド洋津波から引き出された教訓に基づいて、大規模な自然災害に対して精神医療を提供するための世界でももっとも包括的なシステムを東日本大震災の後で作り上げました。震災以降の六年間、地域、自治体、政府の精神保健医療機関と病院、および日本の関連学会との連携は、災害からの心理的回復についての詳細な知見をもたらしました。

震災以降、政府の研究班などを通じて日本から発信された豊富な文献は、この主題についての私たちの知識を飛躍的に増大させるものでした。たとえば日本の精神保健医療の専門家は、「心理的応急処理」を遠隔地の人々に届けるという課題の重要性を指摘しています。また自然災害の直後に、断絶したコミュニケーションと輸送を回復させることの重要性も指摘しています。また被災地の病院機能、非医療者のボランティア、被害を受けていない外部からの精神医療チーム、そして赤十字や世界精神医学会などの国際機関が迅速に協力することの重要性を指摘してきました。

臨床的には、日本の精神医療関係者は被災者に見られる急性期のさまざまなトラウマ反応を、きわめて洗練された仕方で報告してきました。被災地域に訓練を受けた精神医療関係者を迅速に派遣するという強力な体制も作り上げています。そしてまた外国で作り上げられたPTSDのような診断基準や、感情の表現に力点を置いた精神療法を用いるときには注意が必要であることも指摘しています。というのも被災者は自分たち自身の感情の表現方法と、悲嘆を乗り越えるための文化を持っているからです。そしてまた日本は、世界でもっとも早く、政府レベルでの「災害時地域精神保健医療ガイドライン」を作り上げた国でもあります。

世界は日本の経験から多くのことを学ぶ必要があります。その意味で、私たちは本書の翻訳を心から歓迎するとともに、グローバリゼーションと言われながらもなお多くの困難と危険が残っている現代において、本書が欧米と日本のあいだの双方向的な交流の中で受け止められることを願っております。

2017年7月

ポール・レルナー(ロサンゼルス)
マーク・ミカーリ(シカゴ)

copyright Paul Lerner / Mark Micale, 2017
(著者および訳者のご同意を得て転載しています)




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