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北一輝

きた・いっき

本名 北輝次郎。1883年新潟県佐渡郡湊町に生まる。佐渡中学中退後、19歳頃より論文を主として佐渡新聞に発表。1906年5月東京で、『国体論及び純正社会主義』を自費出版するが、一週間を経ずして発禁の処分を受く。同年10月、革命評論社同人となり、ついで中国革命同盟会に入党。この前後より黒竜会の内田良平、清藤幸七郎と中国革命家宋教仁との交渉始まる。1910年黒竜会編纂部に入る。1911年辛亥革命の勃発とともに11月上海に渡り、主として揚子江を中心とする革命軍の戦闘に参加。1913年日本官意による中国退去命令で帰国。1915年『支那革命外史』執筆。1916年再び上海に渡る。1919年8月『国家改造案原理大綱』をこの上海で書き上げ同年末帰国、猶存社に入る。この前後より本名輝次郎を一輝と改む。1923年『国家改造案原理大綱』を『日本改造法案大綱』と改題し伏字、削除のまま改造杜より公刊。宮中某重大事件、十五銀行恐喝事件、朴烈・文子怪写真問題、ロンドン軍縮会議の統帥権干犯問題、10月事件などに関係、怪文書を発行し、また西田税を仲介として陸軍の青年将校と結び、国家改造運動の黒幕的存在とみなされた。1936年の2・26事件の関係者として逮捕され、翌年8月19日、民間側の首魁として銃殺さる。


 

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