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風見章

かざみ・あきら

1886年2月茨城県水海道町高野に生まれる。水海道中学を経て、1905年4月早稲田大学高等予科入学、1909年7月同大学部政治経済学科政治専攻卒業。1913年1月中野正剛の推薦で大阪朝日新聞社に入社。国際通信社などを経て、1923年1月信濃毎日新聞社主筆。1928年2月普通選挙制最初の総選挙に茨城三区から立候補するが落選。1930年2月の総選挙で当選。以後1937年4月まで連続4回当選した。当初立憲民政党に所属したが、満洲事変後の協力内閣運動を機に脱党、1932年12月国民同盟結成に参画した。1937年1月国民同盟脱退。同年6月第一次近衛文麿内閣の内閣書記官長に就任。1940年近衛を中心に新体制運動を開始、同年7月の第二次近衛内閣では司法大臣に就任した。同年10月の大政翼賛会創立では常任顧問に就任。1942年4月の翼賛選挙には立候補せず、政界から退いた。1947年公職追放(1951年6月解除)。1952年10月の総選挙に無所属で立候補し当選、以後1960年11月の総選挙まで連続5回当選した。この間、1955年1月に左派社会党に入党、同年10月の社会党の統一では顧問に就任。戦後は、憲法擁護国民連合の代表委員として平和憲法擁護運動に取り組むとともに、中国との国交回復に尽力した。1961年12月死去。主著に『近衛内閣』『祖国』『鬼怒川雑記』などがある。


 

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