みすず書房

兆民四十歳の年に刊行された書『理学鉤玄』(1886)は、哲学概論としての先駆性を強調されることはあっても、思想作品として語られることは滅多にない。しかし著者は、この書に兆民の生涯を画する重要な意義と、一人の〈理学者〉(フィロゾーフ)の誕生を見た。その刊年は、ちょうど『民約訳解』と『三粋人経綸問答』との間に位置している。
『民約論』訳者、兆民とルソーとの出会いは、内面の〈自律〉を表わす〈心思の自由〉(リベルテー・モラル)という新しい価値の発見を意味した。その後の彼は、これにいかに社会的表現を与え、実現するかに全力を傾注した。『理学鉤玄』の執筆は、そのための第一歩であった。それは〈リベルテー・モラル〉の理念に、儒学的カテゴリーを通じて思索をめぐらし、西欧思想と格闘した兆民が、このテーマに捧げた壮大な注釈書に他ならなかったのである。
〈一身にして二生を経〉ざるをえなかった規範喪失の〈開国〉経験を思想化しようと、兆民は試みた。本書は、その試みの内面的展開をあるテクストの形成過程を通じて追う。それは、西欧思想の〈便宜的〉な受容によって特色づけられがちな明治前半期にあってさえ、一つの理念が人をとらえるということが、いかなる意味をもっていたかを鮮やかに示し、現代の思想状況にも大いなる示唆を与えるであろう。

[カバー画 ジョルジュ・ビゴー画「哲学者 中江篤介(兆民)」(1887年7月)]

目次

福沢諭吉と中江兆民——一つの比較対象の試み
中江兆民における「ルソー」と「理学」——『理学鉤玄』の成立過程の一考察
中江兆民と「実質説(マテリアリスム)」——『理学鉤玄』巻之三の典拠をめぐって

 付録
中江兆民と「ルソー批判」
明治パトリオティスム覚書——訳語の歴史を手がかりに
「平民主義」とイロニー

補註8 仏学塾教科書一覧
補註9 『理学鉤玄』巻之三テキスト構成表
あとがき
補註1-7