みすず書房

「昭和という元号でまずわたしが最初に思うのは、三百万人の不幸な死をともなった戦争のことだ、だからして、わたし個人の遺恨のまじったなじみ方からすれば、“昭和”だけでもう元号はけっこうだというのが、正直な気持ちだといってよいかもしれない」1979.6.12
本書は、信濃毎日「今日の視角」に10年にわたって連載されたコラムを集成したものである。混迷する政局を市民の目で批評し、市井の些事を大局から位置づけるこれらのエッセーは「晩年の諸問題」をふり返り、再考するための一級の記録である。
「群衆が沿道で小旗をふりながら“再見”“再見”といって見送ってくれるのに、わたしたちも窓から身を乗りだして手を振った。窓の外は闇に包まれていたが、ようやく見送りの人の波が切れたあたりで突然、“ごきげんよう、さようなら”という若い女性の日本語がきこえた」1981.3.19
「わたしには、なぜかこの“非行”ということばがなじめない。“不良”ということばは、どこか境界線が曖昧であって、ほんわかとした語感もあったから、“不良”のレッテルを貼られても、いつか直るよという思いやりも感じられ、決定的なダメージはなかった」1982.3.19