みすず書房

生命とは何か。古典古代より生命論は、一方で「死」と対をなす「生」への関心と、他方で生命現象と無機的自然現象との差異とは何か、という二極のテーマの間を揺れ動きながら考究され発展して来た。

本書が明らかにしようとするものは、生命の原理が、研究発展の過程を通し明晰な科学的概念として捉えられてゆく姿であり、生命の現象を合目的理解によって把握しようとする幾多の努力である。
アリストテレスにはじまりレオナルド・ダ・ヴィンチ、デカルト、ビュフォン、ラヴォアジエ、ダーウィン、メンデル、パストゥール、そしてオパーリン……

生物学史上、結節点となる人物25人の着想と探究、そして発展を、歴史の中で関連づけながら示し、その裏でそれぞれの時代・社会の中にあって生物学者が覗かせた人間としての確執や苦悩を描き出す。単なる通史に堕することなく、生命現象に挑みつづけた人間たちとその研究成果を鮮やかに著した、コンパクトにして最良の生物学入門書である。

しかし同時に、科学者の人間としての側面、科学と政治社会の関係に視線を注ぐことを忘れない。予見不可能性という条件下にある人間社会が、いかに偶然性に左右されつつ、しかし執拗に知を求めてきたか、人間のよろこびと悲しみ、偉大と悲惨がどのような劇を演ずるか、そしてさらに、人間の条件が、地球文明の将来とどのように本質的に関わりあっているかを、曇りのない目で見つめて直截に語っている。

ヒトゲノム解読計画の急速かつ一方的な進展を前にして、ヒトのクローン誕生の現実化を危惧しつつ、明確な展望をもちえない私たちが耳を傾けるべき、ヨーロッパのもっとも良質な知性による率直な意見がここにある。

目次

まえがき

第1章 生命論のはじまり
1 アリストテレス——目的論の生物学
2 ガレノス——生理学の大系化

第2章 解剖学から生理学へ
1 レオナルド・ダ・ヴィンチ——職人の解剖学
2 ヴェサリウス——学者の解剖学
3 パラケルスス——自然魔術の伝統
4 ハーヴィ——生物学における実験の創始
5 デカルト——機械論の生物学
6 ロウアー——諸潮流の統合

第3章 啓蒙時代の生物学
1 ビュフォン——ニュートン学説と生物学
2 ハラー——生物体の反応性
3 ラマルク——主体的生物論

第4章 生命と物質
1 ラヴォアジェ——呼吸の物質的基礎
2 シュヴァン——発酵と消化の物質的基礎
3 デュ・ボア・レモン——神経伝達の物質的基礎

第5章 生物学の公道と迷路
1 ダーウィン——進化論の確立
2 メンデル——遺伝学と進化論
3 パストゥール——微生物学と進化論
4 ファーブル——動物行動学と進化論

第6章 生命と人間の起源
1 ヘッケル——生命の起源
2 ハックスリ——人類の起源

第7章 20世紀の生物学
1 モーガン——染色体と遺伝子
2 ダート——続・人類の起源
3 オパーリン——続・生命の起源
4 クリック——核酸と生命
5 グドール——類人猿と人類