みすず書房

人民共和国成立直後の北京。舞台は小さな文学研究社。そこでは老若男女、様々な世代の職員たちが、深刻かつ滑稽な悲喜劇を演じていた……
ヨーロッパ帰りの青年研究者・許彦成と美しい妻・杜麗林、そして若い図書係の女性・桃?この三人が微妙に描きだす恋愛の行方を軸にして、研究社をめぐる幾つもの男女のドラマが、時に辛辣に、時にユーモラスに語られていく。
「三反」運動——この愛の物語が織り上げられる時代背景は、以後の中国が三十余年繰り返すことになる、知識人たちの思想改造の最初の経験の上に置かれている。「文革」あるいは天安門の原点とも言うべき、知識層大量粛清のグロテスクを、しかし作者は後世の史家の冷酷さで裁くことなく、作中人物たちに寄り添う等身大の視座から捉えている。
ジェイン・オースティンの優れた論者でもある女性作家・楊絳は、叙述の細部、語り口の面白さに趣向をこらし、人物描写に円熟の筆をふるう。
愛と政治が優雅に張りめぐらされる蜘蛛の巣としての物語。今年フランスでも訳出された、注目の一篇である。