みすず書房

人間、年をとると一日が短くなるようだ。あきれるほど早く日が過ぎていく。

「へんですねエ」
居酒屋の老夫婦の答えていわく——
「欲がなくなったせいですかナ」

この二人はわが人生の師匠だから、そのことばにまちがいがない。金銭にも、女性にも、野心にも、あらゆる「欲望」と名づけられるものに対して思いがうすれた。こだわるのはめんどうだし、気のすすまないことはしたくない(「光陰」)。

50代の半ばに大学の教師をやめて、さあどうするか? 谷中のギャラリー銭湯を見たりウィーンに出かけたり、庭で昼寝をし山小屋でコーヒーをのみ、ソバを味わい知友と旅をする日々——カフカとリヒテンベルクをともに楽しむ独文学者、山と温泉に入れあげる自由人=イケウチ・オサムさんの「生活と意見」をゆったりさりげなく語った85篇。細かな人生の詩と真実を披露したエッセー集。

目次

がんぽんち
はじめての住居/歯と世のなりたち/買物名人/麗しの銀輪/テレビのない自由/美しく老いる/イタズラ電話/ニガ手の解決策/前へ、前へ/「こころ」のふしぎ/語学教師/がんぽんち/伊吹もぐさ/海の浮橋/冬のお天とうさま/新しい自転車/カゼの効用/夢の風景画/

小庭の住人
しずかな時/ドレスデン/デリケートな小鳥/モノノケ/ウソのような空間/山小屋/サハリン/力士塚/ギャラリー銭湯/半年後の神戸/肥後守ナイフ/墓参り/ソーメン/桂庵の親方/小庭の住人/音感で生活/駅前の駐輪場/一年や二年/老いるとは/しらびそ小屋/銭湯のすすめ/「二合半」/開化の学舎/年の瀬雑感/ペーパードーム/名人芸

毎日が日曜日
お金の殿堂/古道具屋/「天豊」の里/吉祥院の尼僧/「薄情」なやめ方/山菜/毎日が日曜日/台湾の旅/忘れもの/みそ汁の味/ファン心理/銀座の楽しみ/家族の幸せ/パソコン/安曇野の水辺/命びろい/貧しい食べ物/ひとこと

自然はウソをつかない
季節の移ろい/本当のこと/マラウィだより/徳用マッチ/いっこくもの/いらないモノ/ハンブルク/魔女伝説の湯/獅子舞/靴/インターネット/予定なき行き先/光陰/バケツリレー/人体/携帯電話/値打ち/名ばかりの「自動」/旅立ち/名誉の戦死/庭の昼寝/妹の力/さりげなく
あとがき