みすず書房

近代学問の女王たる数学は20世紀に未曾有の変容と発展を遂げた。その全容を掌握するのは専門分化のゆえに極度に困難であろう。しかし、その思想的・社会的な枢要な働きのゆえに、その概要はなんらかの形で理解しておかねばならない。
本書は、まず19世紀数学の延長上で、現代数学がいかなる形態をとるようになったか概観する。そのうえで、現代数学の認識論的理解の試みとして数学基礎論論争に焦点をあて、その論争からいかなる経緯でゲーデルの不完全性定理が着想され、またウィトゲンシュタインらの多元主義的数学観が定着していったのかを跡づける。さらに、現象学的な哲学的背景のもとで、ワイルの数学思想がいかに生成・発展を遂げたかをたどり、20世紀の最も深い数学の根底をかいま見る。今度は認識論的考察から一転して社会史的方向に眼を向け、今日の「パックス・アメリカーナ」政治体制を形づくった1940年代以降のフォン・ノイマンの数学研究の足跡を追い、原爆・水爆などの軍事技術とコンピューターがいかに交錯しながら発展したのかを探究する。
現代の思想と社会に先鋭に切り込もうと数学史家が渾身の力を込めて成った力作。

[初版2001年4月]

目次

序文

序論 思想としての二十世紀数学
二十世紀数学の歴史はいかにして可能か?/存在論革命から構造論革命へ/公理論的数学の認識論的理解——ゲーデルの数学史的意義/数学の専門職業化——認識論から社会史へ/近代西欧数学の国際化/ソヴェト数学の興隆と衰退/アメリカ数学の軍事化とコンピューター・メディアによる数学様式の転換

第一章 数学基礎論論争
第一節 1930年秋のケーニヒスベルク会議
第二節 数学基礎論論争の構図
1 論争の出発点としての二つのプラトニズム——古典的集合論と論理主義的客観主義
2 構成主義的オールターナティヴ——直観主義の思想的前提
3 ヒルベルト的総合——記号ゲームとしての数学
4 論争の哲学的次元——中世の「普遍論争」とのアナロジー
第三節 数学基礎論の岐路——論争の帰趨
1 「ロジック」としての数学基礎論の成立
2 数学的多元主義の定着——現代数学思想のウィトゲンシュタイン的鳥瞰図

第二章 ヘルマン・ワイルの数学思想
第一節 なぜヘルマン・ワイルなのか
第二節 ゲッティンゲンの数学的学統の中のワイル
第三節 ワイルにとっての数学の基礎
第四節 ワイルと現代の数学的物理学——数学の影の中の相対性理論と量子力学

第三章 ジョン・フォン・ノイマン——数学者と社会的モラル
第一節 「数学者」——純粋数学から応用数学へ
第二節 フォン・ノイマンの数学的略歴
第三節 軍事科学を介しての戦争とのかかわり——「言語ゲーム」としての数学から「パワー・ゲーム」としての数学へ
1 第二次世界大戦から冷戦へ
2 軍事史の中の「軍‐産‐学複合体」の成立
第四節 フォン・ノイマンと社会的モラル
1 フォン・ノイマンは「徳盲」か?
2 「猛烈な反共産主義者」としてのフォン・ノイマン
3 数学者フォン・ノイマン

初出に関する覚書
索引(人名・事項)