みすず書房

ウィーン生まれの作家・ツヴァイクは自伝的な回想記『昨日の世界』のなかで、自分が育った世紀末ウィーンを「安定の黄金時代」と呼んでいる。それは「すべてにきちんとした尺度と意味とがゆきわたっていた時代」であったという。
しかし、はたしてそうだったろうか? これはつらい亡命のなかでツヴァイクが夢みた、幻の「古きよき時代」ではなかったのか?

このツヴァイクの回想にたいして、著者は一つの仮説をたてて、ウィーンの実状に迫ろうと企てる。それは、世紀末から世紀転換期のウィーンには、当時のヨーロッパのどの都市とも異なった精神状況があったとする仮説である。著者はこの状況をあえて、〈市民戦争〉と名づける。
旧体制と新しい時代の相克、すなわち、ハプスブルク家を中心とする大貴族層にたいする市民階層のインテリ、とりわけユダヤ知識人との闘いである。かくて、世紀末ウィーンは甘ずっぱいオペレッタのメロディが流れる都市ではなく、「つねに傷ついていた者」が闘争をしかける戦場と化するのである。

これが書名に「肖像」と付けられた所以である。本書は、この「市民戦争」に参加した人びとの列伝集である。面白くないわけがない。読者はツヴァイクが想起したとは異なる、天才たちの異貌の都市を見ることになる。

目次

I ウィーンの世紀末
生きた石像
  一つの名句/黄金時代/二つの変死/一つの仮説/ウィーン雑録
市民の時代
  画家ハンス・マカルト/ウィーン分離派/陽気な女房たち/グスタフ・マーラー
『夢判断』の世界
  ブルトンとフロイト/「イルマの注射」 の夢 /メフィストの忠告/「朝食の船」 の夢/フロイトとブルトン
気むずかしい男たち
  アレキサンダー・フォン・ヴィレール/ペーター・アルテンベルク/ヘルツマノヴスキィ=オルランド/フランツ・ブライ/シュニッツラー/カール・クラウス/ヴィトゲンシュタイン
神話の季節
  世界氷河説/カール・マルクス館

II 世紀末の肖像
二つの顔  クリムト
すべては生きながら死ぬ  シーレ
変貌記  ココシュカ
ピエロの帰還  ビアズリー
人工楽園の花の香  バイロス
イヴの笑い  シュトゥック
にわか画人  シェーンベルク

仕事場ノート