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2014.10.29イベント情報

第I部 対談 若島正さん×羽生善治名人

『ボビー・フィッシャーを探して』刊行記念イベント「盤上の冒険者たち」(2014年9月14日開催)ご報告

2014年9月14日に三省堂書店神保町本店で開催しました『ボビー・フィッシャーを探して』刊行記念イベント「盤上の冒険者たち ~将棋と詰将棋のマスターが語るチェスの世界」から、第I部の対談の内容をご報告します。

【目次】

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【ご出演者略歴紹介のあと、対談開始】

  • 司会の赤田さん  今回のイベントの本題が『ボビー・フィッシャーを探して』ですので、最初にチェスについて一つだけ質問させていただきます。そのあとはお二人でご自由にお話しいただければと思っております。
    本書は、少年がチェスと出会うところから始まります。お二人がチェスと出会ったときを思い返すと、それはどういった体験でしたでしょうか。子供のころに将棋や詰将棋に出会って夢中になったときと、年齢を重ねてから出会ったチェス、チェスプロブレムへののめりこみ方は、どんなふうに違っていたのでしょうか。若島先生、羽生先生、どうぞよろしくお願いします。

【出会い】

    • 若島  どちらが先手で?
    • 羽生  あ、では、お先にどうぞ(笑)。
    • 若島  では私が先手で。私は最初に将棋と詰将棋に出会ったんですけども、それが5歳か6歳ぐらい。近所に将棋道場がありまして、お守りのためにそこに連れていかれたんですが、そのときは「回り将棋」しか知らなくて。道場にいる人が「ぼん、将棋指そか」と……私は京都の人間なので(京都弁で)声をかけてくれたんですが、回り将棋しか知らなかったので、だったら本将棋を教えてあげるということで(その人に教わった)。たぶんルールを覚えたのはそのときです。将棋道場で知りました。
    • 羽生  ほお。
    • 若島  それで近所の子供たちと、夏なんかによく出す「床几」……。
    • 羽生  縁台床几?
    • 若島  縁台床几。あれを出してよく将棋を指していたんですけども、私は一人っ子なものですから詰将棋のほうに。詰将棋は一人でできるから。「塚田詰将棋100題」のような問題集を親に買ってもらって、それを解いていたんです。たぶんその頃に解けたのは11手詰ぐらいか……それぐらいまでは解けたかと。
    • 羽生  (5、6歳で)11手詰ですか(笑)。
    • 会場  (笑)
    • 若島  小学校二年生か三年生のときだったと思うんですけども。でも、それだけで終わってたら今こんなことにはなってなかったと思うんですね。小学校5年生のときに、ある詰将棋の本を買ったんです。その本にも同じように詰将棋の作品が並んでいたんですが、そのあとに著者のエッセイがあって、当時子供だった僕の目から見ると非常に不思議なことが書いてあったんです。“自分は病院に入院している──たぶん昔のことですから、肺病かなにかだったのではないかと思うんですが──、それで医師や看護師さんに「詰将棋を作らないように」と言われる”と。なぜかというと、詰将棋を作ると熱が上がるから。だからお医者さんに止められているんだけども、そう言われてもどうしても詰将棋を作りたい、と。
    • 羽生  なるほど。
    • 若島  子供ごころに非常に不思議に思いました。熱が出るとわかっているのに作りたいとは、どういうことなんだろう? それまで詰将棋について、私は算数のドリルを解くみたいに、問題があってそれを解くだけのことだと考えていたのですが、“詰将棋には作る人がいるんだ”と知った。算数だったら32×42という問題に作者はいないわけです。ところが詰将棋の問題にはなぜか作者がいて、“どうしても作りたい”と書いている。これはどういうことなんだろうと思ったのが、(詰将棋作家への道を歩む)きっかけです。
    • 羽生  でも、詰将棋をつくろうと思ってすぐに作れるわけではないですよね?
    • 若島  ところがそのエッセイのあとに、「詰将棋の作り方」というエッセイも載っていたので、それを真似して作ろうと思ったんです。いまでも覚えているのですが「平行移動法」だとか書いてあったんですね。
    • 羽生  難しそうな名前ですね。
    • 若島  盤面を横に一列か二列ずらして「平行移動法」とかいって……真似をしようと思っても、当たり前ですが、全然何のことかわからなかったのですが(笑)、“ああ、作り方があるということは、僕でも作れるのかなあ”と。で、やってみたんですけど、全然作れなかったです、その当時は。
    • 羽生  いつごろから創作を始めたんでしょう? もう中学生ぐらいから?
    • 若島  中学生ですね。これは気恥ずかしい話ですけど、『将棋世界』という雑誌に読者の投稿欄があって、中学一年生のときにそこに投稿したんです。その内容というのは、僕は将棋が好きで、学校で自己紹介のときに黒板の前で、“僕の得意技は将棋の駒にある字を上下反対に書けることです”と(笑)。
    • 羽生  (笑)
    • 若島  そう言って黒板に書いて見せて自己紹介のときにウケました、という話を投稿欄に出したんです。そしたらある人から反響の葉書を一枚もらいまして。「きみは将棋が好きらしいですが、『詰将棋パラダイス』という雑誌があるので、それを一度購読してみませんか」と。その人が作った3手詰か5手詰ぐらいのやさしい詰将棋も添えられていて「これ、解けますか?」という内容で。どういう雑誌かなと思って『詰将棋パラダイス』を買ったのがきっかけです。中学一年生のときです。
    • 羽生  作るほうは独学というか、自然に手を動かして作れるようになったということですか。
    • 若島  やっぱり他人の作品を見て“自分もこんなもん作りたいなあ”と思うのが一番最初で。それはたぶん、小説家がいろいろな作品を読んでいて、自分もこんなの書きたいなあと思うのとかなり似ている。
    • 羽生  ああ、なるほど。でも詰将棋というのは、34足す21のような問題ではなくて、何かしらテーマだとかアイデアを作品にしているわけですよね?
    • 若島  そういう人もいるということです。というのは、詰将棋というのはテーマを持って作る人もいるけれども、テーマなしでも作れちゃうわけで。たとえば、下段の王様から一つ離れたところに歩があって、持ち駒が金で、頭金までの1手詰というのが将棋の一番初心者の人の解く問題ですけども、それだって「それは詰将棋だ。私の作った詰将棋だ」と主張しても別に構わないんですよ、全然。
    • 羽生  構わないことは構わないですけど(笑)。
    • 若島  それは極端な話ですが、それに似たような詰将棋もあるので。それを詰将棋と言っても別に構わない。それはまったく各人の思い方によるわけです。
    • 羽生  詰将棋とチェスプロブレムに定義上の違いはあるんでしょうか? 明文化されたものがあるわけではないと思うのですが、(若島さんは)両方解かれたり作られたりしていると、こういうところが違うというのが、何かありますか。
    • 若島  詰将棋とチェスプロブレムにはかなり大きな違いがあって、詰将棋の場合には、将棋を覚えたてのころに「詰将棋を解いていたら初段ぐらいにはなれますよ」と言われたりする。詰将棋は(指し将棋の)上達のためのツールであるという認識がありますが、チェスプロブレムに対してはそういった認識はないんです。チェスプロブレムをやったらチェスが上手くなるというのはない。だから普通は、チェスをやる人はプロブレムはやらないです。
    • 羽生  上田(吉一)さんがよく話をされていますよね。上田さんはすごい詰将棋を作るんだけれども、指すほうはアマチュア初段だという。
    • 若島  ええ。
    • 羽生  プロブレムの世界にもそういう人っているんですか? すごいプロブレムを作るけれども指すほうはあんまり……というような。
    • 若島  チェスプロブレムをつくる人は、普通はたぶん、まずチェスを指すことから始めているんですよ。だから僕のようにチェスを指したことのない人がいきなりチェスプロブレムを作るということは、海外ではあまりないと思います。
    • 羽生  ああ。
    • 若島  ただ、それに関して一つ、なぜ詰将棋をやっているのか、その理由は簡単に言うと、将棋ではあまり起こらないようなことが起こるので……。
    • 羽生  ああ、はい(わかります)。
    • 若島  それを詰将棋でやりたいということがありまして。プロブレムもそれに似たところはあるかなあと。私も大学にいたときには将棋部にいましたので、指すほうを一番にやっていたんですが、そうすると詰将棋は全然作れないんです。
    • 羽生  そうなんですか。
    • 若島  両立しないので、いまは指し将棋は一切やらなくなって、詰将棋しかやっていません。たぶん、両立しない。
    • 羽生  詰将棋を作るのとチェスプロブレムを作るのは、両立できるんですか?
    • 若島  それはまったくOKです。今年も8月に一週間、スイスでチェスプロブレムの世界大会があって私も行ってきたんですけど、その一週間だけチェスに(自分のモードが)変わるという感じで、一週間だけチェスの頭になります。
    • 羽生  その辺の切り替えは可能なことなんですね。
    • 若島  羽生先生も、海外のチェスの大会に出かけられるときには、どこかで頭のチャンネルを変えるというか……(そのような感覚はありますか)?
    • 羽生  そうですね……だけど前に一度、海外のチェスの大会に出ていたときに「最近の名人戦の棋譜だよ」って持ってきてくれた人がいました(笑)。
    • 会場  (笑)
    • 羽生  いまはグローバルな時代なので、どこにいても持ってきてくれる人がいるので……切り替えがなくて(笑)。若島さんは翻訳もなさっていますが、切り替えのやりやすいものとやりにくいものが、あるのでしょうね。

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    【詰将棋とチェスプロブレムの類似と相違】

      • 若島  初めてチェスプロブレムの世界大会に行ったときに解答競技[* チェスプロブレムを解く速さと正確さを競う競技]があって、それは6ラウンドあるんですが、第2ラウンドが終わった時点で私が首位になったんです。日本人がその大会に参加したのは初めてで、(他の参加者から見ると)よくわからない日本人が来ていて、第2ラウンドでその正体不明の人がトップになっているので「どうしてお前はそんなにプロブレムが解けるんだ」と大勢から聞かれて。「じつは詰将棋をやっているから」と答えたんですけど、相手からしたら全然……。
      • 羽生  答えになっていない(笑)。
      • 会場  (笑)
      • 羽生  詰将棋自体がまだ海外で知られていないので、そこから説明しないといけない。
      • 若島  だから詰将棋はチェスプロブレムと考え方が似ているから、という説明をしたんですけれども。将棋盤がチェス盤になって、将棋の駒がチェスの駒になって、ルールが変わって、というだけの変更なので、ある部分では考え方が共通している。「ある部分」というのは簡単に言うと、作者が何を考えているのかが鍵になるということです。たとえば、この駒がここに置いてあるのはどうしてかといったことがわかった瞬間に、作意というか、作者が何を考えてその問題を作ったのかがわかるので、解ける。そういうところが共通していると、説明したんです。だから詰将棋を鑑賞するときには、作者は誰か、作者が何を考えている人かというのが大きな手がかりです。
      • 羽生  ああ[大きく頷く]、それはそうですね。わかります、非常に。大きなヒントになる。
      • 若島  詰将棋と将棋、チェスプロブレムとチェスの大きな違いは、詰将棋・チェスプロブレムは一人でやりますから、一人ですべてコントロールできるということ。そのへんが面白いところで、自分が考えていることが完全に盤上に実現するという感じです。
        僕はよく思うのですが、将棋とかチェスの場合には、一番面白いのは自分の考えていることが実現しないということなんじゃないかと。
      • 羽生  ああ、実戦はそうですね。相手がいるので、だいたい自分の読み筋どおりにはならないというところはありますが、相手の人がどういうことを考えている人か、とか、(相手が描きそうな)構想を気にかけていくということはあります。あとは、チェスのエンドゲームなんかは特にそうだと思うんですけど、“最後は(局面が)こんな感じになるんじゃないかなぁ…”というイマジネーションがすごく大事で。それは詰将棋とかチェスプロブレムを解いたり作っていく場合との共通項になっているのかなと思います。
      • 若島  たとえば20手先にこんなことになるんじゃないか、とかを想像している感じですか?
      • 羽生  よく詰将棋を解くときに詰め上がりの形を思い浮かべて、そこでどう解いていくかというアプローチをしますが、それは指し将棋でも同じようなことをしている。ただ、実戦の場合にはそのようなアプローチの先でつじつまを合わせられるかどうかという問題はありますよね。たぶん詰将棋を解く場合だと時間が無制限にあるので、(現局面から詰め上がり図までの)一番良いつなぎ方を模索できると思うんですけど、実戦の場合は駒の位置もずらせませんし(笑)。そういう違いはあるのかなと思います。
      • 若島  プロ棋士はよく長考しますよね、1時間とか2時間とか。長考がまったく無駄になってしまったり、相手が全然読み筋どおりにやってくれないのでまったく違う方向に行ってしまうことは、実際にありますか?
      • 羽生  そういうことはよくありますね。自分が読んでいても相手も同じように読んでいるとは限らないので、(長考している内容は)自分自身の妄想にすぎないというか……。
      • 会場  (笑)
      • 羽生  そういう場合も、もちろんあるわけで。ただ、そこが面白いといえば面白いと思うんですね。相手とすれ違っているというか、一致していないところがあって、お互いに考えていることは違うんだけれども、こういう進行になったというところが面白い。詰将棋だと、解いた人の感想が作った人の趣旨とはまた違うこともあるんでしょうね。
      • 若島  僕はときどき不思議に思うのですが、将棋とかチェスって、将棋なら盤が9×9で駒の数が40枚という、有限の盤と駒でやっていますので、どんな詰将棋でも有限の可能性の中に必ずある。最初からあるんですよね。われわれは詰将棋作家と称して詰将棋を「作る」と言っているんですけど、じつは発見しているんだと思って。
      • 羽生  なるほど。すでにあるものを発掘している、と。
      • 若島  ところがね、不思議なことに、それでもスタイルというか作風というか、その人が作ったという痕跡が現れる。それが不思議で。将棋でもたとえば、大山名人が指した棋譜は対局者名を伏せても、誰が指した将棋かがわかるという話があって。これまた不思議なことだなあと。
      • 羽生  やっぱり(作家それぞれが)鉱脈の似たようなところを掘っているということがあるのじゃないでしょうか? 自分は硬い地質が好きだから硬いところを掘っている、とか(笑)。
      • 若島  そうみたいですけどね、(自分では)よくわからないんですけど(笑)。あるときチェスプロブレムの世界大会で解答競技があって、作品(問題)を解いていて作者の名前がわかったことがあります。まったくの新作で、もちろん作者の名前は伏せてあるんですが。なぜわかったかというと、そのプロブレムにスタイルがあって、このスタイルはオーストリアのとある作家の作品だ、と。解答競技が終わってから出題者に「あれは誰某の作品じゃないの?」と聞いたら「その通りだ。どうしてお前はそれがわかったんだ?」と。
      • 羽生  ああ。それも(解答競技の)点数に入れて欲しいぐらいですね(笑)。当てたので、って。
      • 会場  (笑)
      • 若島  それぐらいプロブレムにはスタイルがあるんですけど、前からそれが不思議な気がしていて。確かに掘っているんですけど掘り方に癖があるのかな。
      • 羽生  チェスプロブレムって、作品の数と質とかはどれくらいまで進んでいるのでしょうか。抽象的な質問ですけど。
      • 若島  世界にいろいろなプロブレムの雑誌があって、作家はそこに投稿しているんです。私はいま10冊ぐらい、その種の雑誌をとっているのかな。10冊ぐらいとっている人が世界にたくさんいて──たくさんと言っても何百人のレベルですけど──、そこに作品を寄せている。一人の作家がつくる作品の数はすごく多いです、詰将棋に比べると。
      • 羽生  詰将棋の問題よりもチェスプロブレムの問題のほうが数が多い?
      • 若島  一人の作家がつくる作品数が相当に多いので。
      • 羽生  一つの作品をつくるのにかかる過程とか時間も……。
      • 若島  (チェスプロブレムのほうが)短いです。明らかに短い。詰将棋では一つの作品をつくるのに、たとえば、10年かかったとかいうこともよくある。私も、つくるのに一番時間が長くかかった作品は、たぶん30年ぐらい。
      • 羽生  おー。
      • 会場  [どよめく]
      • 若島  その作品の場合は明らかに理由があって、最初は高校生のときに作って発表したんですけど、じつはそれが余詰で潰れていて。それを直すのに30年ぐらいかかったんです。
      • 羽生  で、30年かけて直ったんですか?
      • 若島  直りました。完全に。
      • 羽生  なんかすごく、“よかった”感じがしますね(笑)。
      • 会場  (笑)
      • 若島  直らないと思ったんですよ。だから(完成まで)それくらい長くかかったんですけど。あるとき作品集をまとめるという話があって、それならこの機会に直っていなかったところを締切までに完全にしたいなあと思って、それで修正をやりはじめて。
      • 羽生  詰将棋の方が時間がかかるのは理由があるんですか?
      • 若島  いや、たぶん、一つの作品に時間をかけるのは作家のいいところだというふうに、詰将棋作家が考えているからなのですが。チェスプロブレムの場合は作ったらすぐパパッと出しちゃう。そんなに一つの作品を長く、20年も持っている人はまずいないです。
      • 羽生  こういうことも(時間がかかる理由の一つとして)ありますか。詰将棋って、作ってもそれが完全作かどうかを調べるのにすごく手間や時間がかかったりしますよね?
      • 若島  昔はそうでしたね。いまは単純に、便利なソフトがあって、だいたいはコンピュータで検討しています。
      • 羽生  それがいまではほぼ間違いなく、ほとんどの問題を……?
      • 若島  90%ぐらいはそれでチェックできます。チェスプロブレムの場合も同じで、コンピュータでチェックできるようなレベルに(ソフトウェアが)なっていて。
      • 羽生  今回『ボビー・フィッシャーを探して』の翻訳もされましたけど、翻訳の世界がそういうものになっていく可能性はありますか?
      • 若島  翻訳支援ソフト?
      • 羽生  ええ。
      • 若島  どうなんですかねえ……うーん……。
      • 羽生  言語(の自動翻訳化)は難しいとは言われてますけど、でも最近結構また進んできているとも言われますよね?
      • 若島  トランスレーションの支援ソフトというのは昔からあることはあるので、精度は低いですけれども、たとえば自分の使う用語などをソフトに教えて学習させることも一応は可能なのですが、あまりにも手間なので私自身は使ったことがないです。
      • 羽生  意味としては訳せても、作者のニュアンスであったり、そういうようなところを表現していくのはかなり難しい?
      • 若島  ものによって全然違うというか、相手(著者や作品)が変わるとまた違いますから……それに対応してこちらもまた違う手を指すという感じに、どうしてもなるので。ただ、翻訳に限らず、チェス・将棋でもそうですが、手作業で全部やっていた時代から考えると全然違う世の中になってしまった感はあります。私も最初に翻訳をしたときには、夏休みにやっていたのですが、原稿用紙にペンで翻訳していましたから、だんだん原稿用紙が溜まっていくんですよね。800枚とか。原稿用紙の山があっという間に嵩高くなると「ああ、今日は仕事をしたなあ!」という気になったんですけれども。それが最近では全部一つのファイルに入力していて。(データ量が)「何キロバイト」みたいな形で表示されるものでやっていると、全然仕事をしたような気にならない。
      • 羽生  手ごたえがない(笑)。
      • 若島  そうそう(笑)。
      • 羽生  翻訳も、才能というか、もって生まれる素質というものがあると思われますか?
      • 若島  そうですね……たしかに資質というのはあると思います。
      • 羽生  どういった?
      • 若島  僕はどちらかというと翻訳家ではないので……と言うとおかしいですけれども……。
      • 羽生  いやいやいや、今日はその(若島さんの訳書の)刊行記念なんですけど(笑)。
      • 会場  (笑)
      • 若島  私は基本的に詰将棋作家なので(会場 (笑))。
      • 羽生  それはよく存じております(笑)。
      • 若島  そこから考えると(詰将棋のレベルと比べると)翻訳はたぶんアマチュア初段程度の立場ぐらいに思っているので、自分としては翻訳の話は決してうまくできないんですけれども。でもやはりやっていくうちに覚えるということは当然ありますが……われわれの商売では他人の真似をするというのがだいたい基本なんですね。
      • 羽生  まず最初は。
      • 若島  ええ。たとえば英語で文章を書くというのでも、最初のうちは英語でものを読んでいて、“この言い方、いいなあ。これ、使いたいなあ”というフレーズを控えておいて、何かの拍子に使うとか。しゃべることにしてもそう。学習というのはだいたい、真似したいというところから始まりますよね。詰将棋を“こんなん作りたいなあ”ということから作り始めたというのも、入り方はだいたいそうなので。
      • 羽生  私もよく思うんですが、いろんな創作とか創造というのは、もちろんとてつもなく真新しいものもあるとは思うのですが、過去にあった事物の今までになかった組み合わせというのも、けっこう多いような気がするんですね。このアイデアとこのアイデアは昔からあったけれど、この2つの組み合わせでちゃんとした形になったものは今までにはなかったというものが、けっこう多くて。まったく見たことがないような、今までの常識を根幹から覆すようなものは、あるんでしょうけれども、そんなにめったに出てくるわけではないのかなあと。

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      【先達の創造の狙いを見直す】

      • 若島  じつを言うと最近、詰将棋を作るにしても、少しものを考えて作るようになったんです。どういうことかというと、そもそも詰将棋は何も考えなくても作れるんですよ。
      • 羽生  いやいやいや(笑)。
      • 若島  私が詰将棋を作り始めてから50年ぐらいになるのですが、そうするとだいたいどんなものでも作れるんです。
      • 羽生  ああ、なるほど。
      • 若島  アイデアさえあれば形になるんですけれども、以前はアイデアがなくても適当に並べていればそのうちに詰将棋になるということはあったんです。最近、ようやくこの歳になってから、それではダメだなと。少し勉強をしたほうがいいと感じて、勉強するようになりまして(笑)。
      • 会場  (笑)
      • 若島  江戸時代に将棋の家元制度があったころにつくられた、『図巧』や『無双』といった有名な作品集になっている古典図式があるのですが、それを最近勉強しはじめたんです。『図巧』とか『無双』を、ほとんど初めてのようにして鑑賞しました。羽生先生はたぶん、昔むかし、たとえば奨励会時代に……?
      • 羽生  (『図巧』『無双』の詰将棋を)解いていました。解いていましたけど、完全に忘れました(笑)。あまりにも昔のことで……ただ、感動したことだけは覚えています。『図巧』と『無双』で100題ずつ計200番で、しかも難しい問題が非常に多いんです。感動しなかったら全部は解かなかったと思いますね。莫大な時間を費やさないといけないので。「こんな手順でできるのか」という感動があったり、解き始めていくと、解いたあとに次の作品に期待する気持ちが湧く。「こういう手順を追って、こういう構想があるのかな」と期待して、解いてみるとやっぱりその期待を裏切らないというか。ただ、あれは4題でしたっけ、詰まない問題があるとか。
      • 若島  ありますね。
      • 羽生  不詰があるんでしたっけ?
      • 若島  はい、不詰が『無双』にあります。中合して詰まないのが。
      • 羽生  ああいうのはトレーニングにもなると言えばなるんでしょうけど、実戦では何万局指そうが何十万局指そうが、絶対に現れない局面ですよね(笑)。
      • 若島  現れないですよね。『図巧』とか『無双』は実戦では起こらないようなことをやっていたんです。簡単に言うとそれは、そういう手順を実戦でやると不利になる、普通の意味では自分の側には損になるというような手順をやっている。たとえば、大きい駒よりも小さい駒のほうがいいという考え方で進めるとか(笑)。そういう考え方は実戦ではほとんど起こりえないので。それをやると実戦では混乱をきたすような新しい考え方の研究が、あのあたり(江戸時代の家元制度の下で詰将棋が作られていた時代)に行われていたということだと思います。あの当時にやっていたことは何なのかを、ようやく最近勉強し直しています。江戸時代にそんなことをやっていた人がいて、そのあとにわれわれ(現代の詰将棋作家)がいるわけなので。江戸時代にあれぐらいやっていたのであれば、われわれは何をしなくてはいけないのかといったことを、ようやくこの歳になって考えるようになりました。

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      【チェスプロブレムの評価】

        • 羽生  でも私は一つ疑問に思っているところがあって……『図巧』や『無双』は一人で作ったのでしょうか? 家元制度の時代なので、一門の叡智を結集して作ったということも考えられますよね?
        • 若島  さきほども名前が出た上田吉一という京都の詰将棋作家がいて──たぶん現在日本一の詰将棋作家であると思われる人ですが──、その人が『図巧』の「複数作者説」を以前から考えています。その理由を簡単に言えば、『図巧』は100番の作品集ですが、その中の作品はスタイルがいろいろ違う、と。だから作者は複数ではないかという説があります。
        • 羽生  三人寄れば文殊の知恵じゃないですけど、チームを組んで詰将棋を作ったらいい作品ができると思いますか?
        • 若島  ああ、そういうこともありますけど、非常に珍しいケースですね。
        • 羽生  それでうまくいくのは珍しいということですか?
        • 若島  (うまくいくのはせいぜい)二人ぐらいまで(の合作)じゃないかしらという感じ。二人でも、どうかなあという気がする。
        • 羽生  へえ。それはどうしてですか。
        • 若島  やはり、なんか……[言い淀む]。
        • 羽生  作風が違うのか。
        • 若島  うん、作風が違うということもある。チェスプロブレムの場合はけっこう合作は多いんですよ。一つの作品に、合作ということで5人ぐらい名前が載っていたりする。理系の論文で5人ぐらい(共同研究者として)名前が載るみたいな感じで。
          羽生先生はチェスプレーヤーとしてFIDEマスターという資格をお持ちですが、チェスプロブレムにも同じようにグランドマスター、インターナショナルマスター、FIDEマスターというふうにタイトル(資格)があります。チェスプロブレムの国際連盟では「アルバム」といって年鑑の傑作集のようなものを出しているのですが、それに一つ作品が載ると1点がついて……。
        • 羽生  あ、なるほど。
        • 若島  その点数が溜まっていくとFIDEマスターになったりインターナショナルマスターになったり、という具合なんです。
        • 羽生  そういう制度になっているんですか(!)。
        • 若島  そうすると、たとえばロシアの作家たちが3人の共作で(アルバムに一つの作品を)出したという場合に、各人は0.33点……(笑)、という点数がつく。
        • 会場  (笑)
        • 若島  そういう細かい点数を足していってタイトルを持てるようになるというケースもあるので、合作に名前を連ねておくと点数が上がるというような、こすい話もある(笑)。
        • 羽生  それは、なんというか……面白い制度ですね。5人だったら0.2点ずつということですか。
        • 若島  世界大会に行ったときに、私が非常に尊敬しているスウェーデンのプロブレム作家がいて、そういう制度はすごくおかしいと言っていましたね。プロブレムの創作というのは陸上競技で言えば棒高跳びとか走り高跳びみたいなものなのに、たとえば2.5メートルを跳ぶというときに、5人で跳んでどうするんだと(笑)。そういうふうに怒っていましたね。
        • 羽生  詰将棋の世界だと看寿賞とか(作品を顕彰する賞が)ありますね。プロブレムの世界でもあるんですか?
        • 若島  ないです。まったくない。
        • 羽生  一年間に作られた中で一番いい作品はこれ、というのは?
        • 若島  ないです。(プロブレム作品の)選び方は、あるコンテストがあって、そこに作品が投稿されて、ジャッジが一人いるんです。ただ一人のジャッジが「これが一番ですね」と言えば一番なんです。
        • 羽生  『詰パラ』とはずいぶん違うんですね。
        • 若島  違います、違います。民主的な制度がないんです(笑)。
        • 羽生  独断と偏見で(笑)。でもだいたいそれで大方の見方と一致するんでしょうか。
        • 若島  一致しないので、ジャッジがつけた順位には、何年か経ってから、あのときのジャッジが間違いではないか、という文句がよくくる(笑)。それは面白い部分なんですよ。ジャッジも他のプロブレム作家から批判されるということなので。いい作品があったのにジャッジの目が行き届いていなくてそれを見落としているとか、ジャッジはこれこれの作品を高く評価しているが、よく似たような前例が過去にあるから一位をつけるのはおかしい、とかね。プロブレムをやっている人間って、みんな目利きの人ばかりなので。
        • 羽生  それを誇りに思っているところもある、と。
        • 若島  そうですね、世間的にまったく認められないものですから(笑)。プロブレム作家といっても世間の人はほとんどわからないはずなので。
        • 羽生  そうですね。街を歩いて100人に聞いて、たぶん……100人わからないでしょうね(笑)。
        • 会場  (笑)
        • 若島  プロブレムをやっていると言ってもよくわからないと思うし……。
          私が2回目に世界大会に行ったときのことですが、イスラエルのテルアビブで大会があって。大会は通常土曜日から一週間の会期で、たいてい木曜日に「エクスカーション」といって観光の予定が入っているんです。でも会期中にはいろんな(プロブレム作品の)コンテストがあって、コンテストの締切が大方は木曜日の夕方だったので、参加者は観光のときにまだ作品を作っているんです。観光しながら。それでちょっとびっくりしたのが、紙ではないのですがノートのような形の携帯版のチェス盤があって、エクスカーションの参加者がそれを片手で目の前に持ちながら、歩きながら作品を作っていたんです……みんながそれをやっていて。
        • 羽生  ほお。なんか、傍目からみたらかなり怪しい感じですね(笑)。
        • 会場  (笑)
        • 若島  異常な雰囲気で(笑)。でもわれわれはそれが普通だと思っているので、僕なんか、「ああ、携帯版のチェスボードっていいなあ、立てても駒が落ちないし」とか思っていて。そしたらガイドさんが怒りだして。「あなたたちはツーリストなんですか、プレーヤーなんですか?!」って聞いたら、みんな「プレーヤーです」って(笑)。
        • 会場  (笑)
        • 羽生  どんな会だ?!って。
        • 若島  怒られた(笑)。全然知らない人は何をやっているんだろうって思いますよね。チェスだって二人でやるはずなのに、片手でチェス盤を持って一人でやっているわけですから、非常に不思議な光景で。

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        【アイデアのありか】

        • 羽生  よく、アイデアは歩いていたりするとひらめくといいますけど、こういうときに(問題の)改善の仕方を思いつく、という傾向などはありますか?
        • 若島  歩いていてひらめくということはめったにないです。普段もっているアイデアは頭の中にぼんやりあるという感じで。頭の中に図面の形で駒が並んでいるということではないです。すごくぼんやりしたアイデア。
        • 羽生  前から聞いてみたかったのですが、よくプロブレムの冊子を(若島さんに)送っていただいて、問題自体が難しくてわからないということもあるのですが、わからないのはいいのですがたまにルールがわからないということがあるんですよ。フェアリー[* 変則のチェス]のような、ああいうもの(イレギュラーなルールのプロブレム)も作ったり解いたりするときに(考え方のモードを)パッと切り替えられるものなんですか?
        • 若島  それが不思議なんですよね。これは新しいルールであると誰かが適当に(思いつきで)持ち出したルールなのに、そのルールでプロブレムを作って、いきなりそのルールの本質みたいなものを掴んでしまう作家もいるんです。
        • 羽生  ああ。
        • 若島  そのルールだったらどんなことができるかが、すぐにわかってしまう人がいる。なかでも世界に約1名ぐらい、とんでもなくすごい人がいて。
        • 羽生  1名ぐらい(笑)。
        • 会場  (笑)
        • 若島  20年ぐらい前に初めてその人に会ったときに、上田さんがつくったあるプロブレムを出題したら、1分ぐらいで解けちゃって。1分で解いてから「これは素晴らしい」と言う。私はその問題を自分の目の前で1分で解けた人はほかに見たことがなくて。普通は10分、30分と考える。なぜかというと、その問題には「ニュートラル駒」という、非常に特殊な駒を使うんです。ニュートラル駒というのは、簡単に言うと、先手の駒でもあり後手の駒でもあるという駒。
        • 会場  (笑)
        • 羽生  それを聞いても、完全にはわかってないと思いますけど(笑)、まあ概要はわかります。
        • 若島  それに「グラスホッパー」といって、チェスの駒には普通にはない駒を使っているんです。つまりニュートラル駒とグラスホッパーという二つの(イレギュラーな)駒を使った作品なんですが、世界に約1名のその人物は、そういう駒を当たり前のように使っているんですよね。だからその問題を出しても瞬時に”ああこれか”という感じで解けてしまう。この人はいったいどういう人なんだろうと思うような、わけがわからないぐらいすごい人です。
        • 羽生  どういう人なんですか?
        • 若島  フランス人で、ミシェル・カイヨーという人ですけど。私が今までの人生で会ってすごいなと思った人は、三人いるんですが、一人は羽生先生で……。
        • 羽生  そんなに気を遣っていただいて(笑)。
        • 若島  もう一人は先ほどの上田吉一という京都の詰将棋作家で、もう一人がその、ミシェル・カイヨーというフランス人。この三人が、やっぱりすごいなと思います。
        • 羽生  ほお。
        • 若島  カイヨーさんは、何と言ったらいいのか……新しいルールを見せても、すぐにそれでプロブレムを作ることができてしまう。
        • 羽生  対応する、適応する力が尋常でなく高い、と。
        • 若島  とても柔らかな感性といったものをもっていて、飛びぬけている。20代のときにプロブレムを作るほうでグランドマスターになった人。20歳ぐらいの写真を見ると、とても痩せていていかにも神経質そうですが、いまは50過ぎになって太鼓腹になっています(笑)。
        • 羽生  それは標準的な……(経過ですね)(笑)。
        • 若島  僕の場合はぼんやりとアイデアが頭の中にあるという感じ。じつを言うと、こうやってしゃべっているときにも詰将棋のアイデアは頭の中にあるのですが。それは一年前ぐらいからあるアイデアで、いま口頭で話せるものです。
          飛車という駒がありますよね。飛車は横に効く。水平線上に効くので、問題はその飛車の効く横のラインをどうやって消すかという話。そのラインの上に何か駒を打つとそのラインが消えるわけですが、一枚だけ、打っても飛車のラインが消えない駒があって……それが飛車。
        • 羽生  [はて?と首を捻る]
        • 若島  ようするに、飛車のラインに打つのが歩だったらそのラインが途中で消えちゃうんだけれども、飛車だったら飛車が重なっているから……。
        • 羽生  ああ(なるほど)、消えない。
        • 若島  というのがそのアイデアで、これを一年ぐらい持っていて。
        • 会場  (笑)
        • 若島  (笑)
        • 羽生  で、実現できそうな話なんですか。
        • 若島  今はぼんやりと形になりそうという感じで、それをどうしようかなあと。これをかれこれ一年ぐらい考えているという。

        編集部注  ここで若島さんが話されている詰将棋のアイデアは、対談のなかで自ら言及したことが刺激になったのか、本イベントの翌日に、ついに作品になったそうです

        • 羽生  前に、若島先生に対局を一日観戦していただいて、終わったころに作品が出来ていたということがありましたよね。朝から始めてちょうど夜ぐらいに、いい作品が出来あがったとか。
        • 若島  羽生先生の場合は将棋とかチェスのアイデアって、どんな形で頭の中にあるんですか? “この手を指そう”というような、瞬間的な「この一手」のようなものなのか。
        • 羽生  “こう、こう、こう”というロジックで思いつくこともありますし、いまの飛車の横効きの話じゃないですが、なんというか、適当にやっていくときもあります。ジグソーパズルを解いていく時に、“なんとなくこういう形じゃないか”と想像しながらやるのが普通だと思うのですが、それとは違って、“もうよくわからないので、とりあえずこう”[手振りで]、“とりあえずこっちも置いてみろ”[左方へ手振り]、“こっちも置いてみろ”[右方へ手振り]、と(笑)。とりあえずバラバラに適当に置いていって、そういうのを繰り返していくうちに“ああ、全体像はこうだったんだ”とわかっていく感じなので……。とりあえず置いてみるということはやっています。
        • (了)

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