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J・B・タッカー『神経ガス戦争の世界史』

第一次世界大戦からアル=カーイダまで [内山常雄訳]

「神経ガス」という言葉は耳慣れないかもしれないが、「毒ガス」ならばよく知られている。日本は、戦間期と第二次世界大戦中に本格的な毒ガス戦を行った唯一の国だが、使用した毒ガスは窒息性ガス、糜爛(びらん)剤、血液剤などだった。毒ガスのなかでも、神経ガスは神経刺激伝達を阻害する化合物で、致死性においては他の毒ガスをはるかに凌ぐ。「タブン」「サリン」「VX」などがこれにあたる。そして、この神経ガスを縦軸に、現代史を描いて見せたのが本書である。

著者は化学兵器廃絶問題の第一人者で、資料を丹念に追い、可能な場合は当事者に聞き取り調査を行って本書を書き上げた。化学兵器の知識も広い。そのため記述はつねに具体的で、議論は展開せず、危機感をあおることもしない。しかし原書が「軍事科学をこれだけ面白く書いた本はない」という評価を得ているとおり、読んで「面白い」と思わせる本でもある。なぜか。それはたとえば、現代史を、とくに「戦争の」と形容される20世紀を仔細に眺める上でも、本書が興味深いという点にあるかもしれない。

なぜならそこには、核兵器より技術的・道徳的ハードルの低い化学兵器の技術を入手すべく争い、ときには人命の犠牲もいとわない各国の利己主義が色濃い。禁止条約が整備されつつある一方で、冷戦「熱」に犯された大国の、非合理的な駆け引きがある。そしてアメリカの上下院で関連法案が右往左往するさまを読むにつけ、本書が図らずも描き出しているのは、歴史というもののミクロでありマクロな生の姿なのかもしれない、と思うにいたる。

アメリカでは、本書は現実的な危機感をもって読まれている。神経ガステロへの警戒は日本よりずっと高い。しかし、世界で最初にそれが起きたのは、他ならぬ日本だった。オウム・サリン事件は本書でも1章を割いて詳述されている。本書をとおして改めてこの事件を眺めてみると、「冷戦構造が崩れると、敷居の低くなった化学兵器関係の技術や知識がテロリストにわたる懸念が高まり、それに対する準備を欠いた日本で実際に使用されるに至った」という訳者あとがきの一文が、重く感じられるのではないだろうか。




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