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大井玄『環境世界と自己の系譜』

[7月24日刊行]

未来へ向けたライフワーク

本書の著者大井玄先生は、内科臨床医として、社会医学と終末期医療の最前線に長年携わってこられました。認知症の患者さんたちともかれこれ30年、当初はまだ「寝たきり老人」、「ぼけ老人」などど呼ばれていた頃からのお付き合いです。
「認知症(痴呆)」にみられる被害妄想やせん妄といった症状は、人との、そして外界とのつながりが失われていく不安に由来するというのが、長年患者さんを診てこられた大井先生の持論です。臨床的見地から得た持論を元に、「私」とは何か、「世界」とは何か、といった文明論的・哲学的問いにまで思索の幅をひろげた、昨年刊の前著『「痴呆老人」は何を見ているか』(新潮新書)が好評です。まさに本書のイントロダクションとしても読める、コンパクトな好著です。

大井先生は臨床医のかたわら、1990年代の後半には、筑波にある国立環境研究所の所長として、地球環境研究の現場を指導されました。さまざまな分野の自然科学者たちとの交流を通して、環境世界をめぐる「開放系」と「閉鎖系」という、相異なる倫理意識のあり方に着目されます。自分に対するまなざし(自己観)と環境に対するまなざし(世界観)は通底し、しかも大きく二つに分けられる――これが本書の主題であり、まさに大井先生のライフワークともいえる発見です。

人間はだれでも、それこそ認知能力の低下した人もそうでない人も、みな自分が生きていくために都合のいいように世界を仮構しています。この「世界」には、個別の他者から世間、社会、地球環境まで含まれます。いわばその人が外界から受け取る情報刺激はおしなべて世界仮構の対象です。万人に共通なありのままの現実世界――これなどはすでに架空の産物でしかありません。さてそれではこの世界仮構は、どういった動機(生存戦略)に基づいてなされるのでしょうか。自立自尊の「アトム的自己」と、関係志向の「つながりの自己」という二種類の自己観が、動機の根本に見いだされます。
この二種類の自己観とは、なにも人類に生得的な二つの気質タイプ、というわけではありません。歴史的・社会的に形成されてきた、いわば自分自身に対する先入観です。社会や環境の変化に応じて、自覚的に変えていくことが可能です。そして、市場原理主義の破綻や地球環境危機が叫ばれる現代世界にあって、どちらの自己観がより人類の生存戦略として妥当か、もはや言うまでもないでしょう。

人間活動の規模が近世初期に比べて格段に大きくなった今、完全な閉鎖系地球で生存を続けるとすれば、まず大きな争いを回避すること、全地球的環境維持政策を実施すること、極端な経済格差を是正すること、そして自由・平等・幸せの権利が容認するひたすらな欲望の追求を制限することは、最低の条件となろう。(本書より)

本書は4年がかりの書き下ろしです。その間担当編集者として、著者が日本史や新古典派経済理論といった、いわば“専門外”の数多くの文献に集中して取り組まれている姿に、頭が下がる思いをいたしました。前述の「開放系」、「閉鎖系」、「アトム的自己」、「つながりの自己」はもとより、「離脱肯定感情」、「つながり肯定感情」、「自己拡張」、「自己無化」といった本書のキーワードは、どれも大井先生が独自に名づけられたユニークな用語です。本書は“個人”と“社会”を診る一臨床医の、未来へ向けたライフワークです。




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