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『書くこと、ロラン・バルトについて』

エッセイ集1/文学・映画・絵画
スーザン・ソンタグ 富山太佳夫訳[全2巻]

「アメリカの批評家スーザン・ソンタグが世を去ってから、もうすぐ5年になる。

ソンタグは美しい批評家であった。すべての面で華やかで、人目を引かずにはおかず、しかも挑発性のきらめく批評家であった。神田のある洋書屋の地下売場で『反解釈』(1966年)を入手して以来、学生の頃から40年近く読み続けてきたその批評家のエッセイ集の翻訳の解説を過去形で書く日が来るなどとは思いもしなかったけれども。
最初の評論集の頃から、彼女の批評の関心は明瞭に三つの方向性をもっていた。そのひとつは、美的なもの、とりわけ唯美的なものへの関心である――文学や映画を初めとしてどのようなジャンルの芸術であれ、そこに美的なものへのこだわりが感じとれるならば、彼女はそこにある美的な表象にこだわり続けた。オスカー・ワイルドとロラン・バルトへの愛着は彼女の批評の根幹のところにずっとあり続けた衝動であるように思える」
(富山太佳夫「訳者あとがき」)

ソンタグは彼女の敬愛したロラン・バルトと並び、われわれの時代にあって、つねに〈花〉ある批評家であった。原書のタイトルWHERE THE STRESS FALLS: ESSAYS [Jonathan Cape, 2002](『どこに、力を』)に代わって訳書のタイトルに引かれた「書くこと、ロラン・バルトについて」は、同じく本書所収の長尺のバルト追悼にあたえられた表題である。そのバルト論で、初期の仕事――「フリーの文学のパルチザンが文化ジャーナリズムや文学論争、劇評、書評の求めに応じて」書いたもの――から『零度のエクリチュール』『ミシュレ』『エッフェル塔』『テクストの快楽』『S/Z』『彼自身によるロラン・バルト』『恋愛のディスクール・断章』『神話作用』『明るい部屋』『バルト〈味覚の生理学〉を読む』『モードの体系』『サド、フーリエ、ロヨラ』等々縦横に追いながら、ソンタグは、書く。

「書くこと、それがバルトの永年の主題である――いや、ひょっとしたらフロベール(その書簡)以来、書くとは何かについて、バルトほど聡明に、情熱的に考えた者はいないかもしれない」(111ページ)
「バルトは書くということを意識の理想的に複雑な在り方のひとつと、自分の人生の中に受動的かつ能動的に、社会的かつ反社会的に、現前しかつ不在するひとつの方法と解釈する」(112ページ)
「バルトのように書くことを無償の自由な行為としてたたえるというのは、ある意味では、ひとつの政治的な見方ではある。文学とは個人の主張する権利を絶えず更新し続けるものだと彼は考えるが、つまるところ、権利とはすべて政治絡みのものなのだ」(117ページ)
「バルトの知的な動きはすべて作品からその内容を除き、悲劇的なものからその終焉性を除く効果をもっている。彼の作品が本物の転倒性と解放力をもち――遊びに溢れているとは、そのことなのだ。それは、大いなる唯美主義の伝統の中にあって、言説のもつ「かたち」をよりよく味わうために、言説の「実体」を拒否する自由をしばしば行使する叛逆的な言説なのだ」(128ページ)

そして最晩年のバルトについて。
「バルトは唯美主義の立場からは支えきれない霊的な憧憬を宿していた。彼がその立場を越えてしまうのは必然であったし、現に最後の仕事や教育の中ではそうなった。[……]バルトの気質、スタイル、感性は完結したのだ」(137ページ)

ひるがえってソンタグその人は――
「若い日にメタフィクション風の小説によって、現代の小説家の先端に立とうとしたように思える彼女が、のちの歴史小説『火山に恋して』と『アメリカにて』ではポストモダン風の新しい歴史小説を試みる。[……]1960年代のキャンプ的な感性に他のどんな批評家よりも鋭く反応してみせた彼女は、のちには、癌とエイズに関わる隠喩の政治性を鋭く告発してみせることになる。他のどの批評家にもできなかった〈新しいこと〉を彼女はやってみせたのだ」(富山太佳夫「訳者あとがき」)




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