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アンニバレ・ファントリ『ガリレオ』

コペルニクス説のために、教会のために [大谷啓治監修 須藤和夫訳]

ガリレオ裁判の研究なら反カトリックにちがいないと、あるいはカトリックの総本山ヴァティカンから出た本の翻訳ときけばきっとカトリック擁護の立場かと早のみこみしがちだが、本書はそのどちらでもない。それをおわかりいただくには、まえがきとして収められたジョージ・コインの一文をお読みいただくのがいちばんではないだろうか。

コイン神父はイエズス会士で、ヴァティカン天文台元台長・アリゾナ大学天文学教授。このファントリ『ガリレオ』もその一冊として刊行されたヴァティカン天文台出版局の《「ガリレオ研究」叢書》の責任者であり、本書の英訳にはみずからがあたった。
ガリレオに敵対したイエズス会士たちの後継者であり、ローマ教皇庁の要職にあるにもかかわらず、科学と宗教の問題をめぐり驚くほどリベラルな発言で知られている。
(『利己的な遺伝子』で知られる生物学者のドーキンスが、進化論などをめぐって、同神父にインタビューしている興味深いビデオがある。)
http://www.youtube.com/watch?v=po0ZMfkSNxc

以下に、コイン神父の文章をそのまま紹介しよう。

本書について

ジョージ・V・コイン

ヴァティカン天文台の「ガリレオ研究」(Studi Galileiani)叢書に加えられたアンニバレ・ファントリ氏のこの労作を紹介する任に当たることは、私の大きな名誉とするところである。この叢書は1981年に始まり、これまでに科学と認識論に関する作業グループの研究成果を公表してきた。この作業グループは、同年、ヨハネス・パウルス2世によって設立されたいわゆるガリレオ問題調査委員会の中から生まれてきたものである。1992年10月31日、教皇は、教皇庁立科学学士院総会において、枢機卿団と各国外交使節団とを前に行なった厳かな演説で、ガリレオ委員会の活動を総括された。私がこの書を紹介することをとりわけ名誉に思うのは、ヨハネス・パウルス2世が1979年に表明された次のような願いに本書が模範的な形で答えていると考えるからである。

……私が切望しますのは、神学者、科学者、歴史家が真摯な協同の精神をもって、ガリレオ事件についていっそう研究を深めるとともに、いずれの側が冒した過ちであれ、それを誠意をもって認め、この事件のためにいまなお多くの人々が抱き、科学と信仰との間、教会と世界との間の実り多い調和を妨げている不信の念を払拭してほしいということであります。

ファントリ氏は、今日までに出版された関連書のきわめて広範な渉猟にもとづくこの書において、ガリレオ事件について最も新しい徹底的な研究の成果を提供しているように思われる。主要な史料および近年のガリレオ研究を批判的に分析することで本書が目指したのは、ガリレオ事件を決定づけた諸観念の歴史を再構成することであった。

この歴史の再構成から明らかになったことは、「いずれの側が冒した過ちであれ」それを客観的かつ率直に解明する卓越した能力をファントリ氏が示していることである。このことがとりわけはっきりとうかがわれるのは、第7章で、ガリレオ委員会の活動の終結について批判している部分である。

本書は著者が30年以上にわたってガリレオ研究に尽力してきた成果である。この研究は、氏が東京の上智大学でイエズス会士の教授であった時代に着手されて以来、教会と歴史の真理の双方に対する揺るぐことのない深い愛をもって続けられてきたものである。この点でファントリ氏はガリレオによく似ている。本書の副題「コペルニクス説のために、教会のために」と表紙の背景図が示しているように、コペルニクス説のために闘っていたガリレオは、自らの献身的な活動についてこう主張していた。

……それも、聖なる教会の尊厳のためであって、それ以外の目的のためではありませんし、その他の目的のために私の微力をいたそうとは思ってもおりません。

この言葉こそは、著者によれば、ガリレオのすべての活動の基礎となった諸原則を要約するものだが、これはまた、歴史的事実を深く理解しようと献身する著者にとっての指針ともなったものである。本書は、一方の側に立って弁明しようとする護教的書物ではない。これはまさに、歴史を客観的に分析することで、科学と教会のいずれにも奉仕しようとする真摯な努力の書なのである。

人はみな、それぞれに与えられた特定の歴史的時代を生きている。われわれ読者と著者とにとって幸運なことは、科学と哲学と神学の間の対話が大いに奨励されるような時代に生きているという点である。ガリレオははるかに不運であった。彼の時代にあってはそうした対話は不可能であり、コペルニクス説と教会の双方のために闘ったにもかかわらず、最終的に彼は公式に教会の側を選ぶよう強いられたのであった。著者が第7章できわめてはっきりと指摘しているように、いまだ教会はガリレオの没後の勝利を全面的に受け入れるまでには至っていないが、時代の変遷とともに、正しかったのはガリレオであることが明らかとなっている。ガリレオの闘いは奇妙なものであった。というのは、コペルニクス説と聖書という二つの前線で闘わなければならなかったからである。しかし、一時的な敗北の後、歴史はいずれの前線においても彼の側に勝利をもたらした。もっとも、一方の前線での勝利から他方の前線における勝利に至るまでには数世紀の歳月を要したのであるが。

ガリレオの裁判官たちが冒した悲劇的な誤りをヨハネス・パウルス2世が率直に認めたことは、多くの人々の間に、将来においてもガリレオ事件と同様のことが起きるのではないかとの疑念を呼び起こすことになった。私はこれに答えて、ニューマン枢機卿が1876年5月28日に友人マイヴァートに書き送った手紙の一節を引用することにしよう。これは、当時信仰の名においていかなる形の進化論にも反対していた人々に関するものである。

神学的諸問題においては意見や推論や思想の自由は許されないと考える人々の妬み深い偏狭さには、何人といえども出会いたくはないでしょう。300年前にガリレオに論ずることを許さなかった人々は、いまでも他の何人にも許さないことでしょう。彼らにとって過去とは、現在のための教訓でもなければ未来のための教訓でもないのです。そして、彼らにとって信仰の堅固さとは、誤りを繰り返しては、その誤りの撤回を繰り返すことなのです。

誤りをいかに真摯に告白しようとも、それだけでは、他の誤りを冒さないという保証になるわけではない。科学と信仰の間の真の対話の精神によってこそ、そうした危険を最小限に抑えることが可能となるのである。ここでもまたヨハネス・パウルス2世の言葉を思い出しておこう。

あまりにも長きにわたって、両者〔科学と宗教〕は互いに距離を保ってきました。……神学は、これまでいつも哲学やその他の形態の学問との間でそうであったように、今日では科学と活発に交流しなければなりません。……神学は新しい哲学理論や科学理論の一つ一つを無差別に取り込むべきではありません。しかし、これらの諸成果が時代の知的文化の一部となるとき、神学者はそれらを理解し、いまだ実現されていない何らかの可能性をキリスト教信仰から引き出すうえで、それらに価値があるか否かを試してみなければなりません。

ファントリ氏のこの書物は、ガリレオに計り知れぬ苦しみをもたらし教会を大きく傷つけることになったあの悲劇的な誤りが起こったのは、結局のところ、まさに真の対話が欠如していたためであったことを劇的に明らかにしている。この点で本書は、科学と信仰の間で望まれる対話の成長を促す新たな(そして並外れたというべき)貢献なのである。過去は未来について教えてくれるというのが真であるなら、ファントリ氏のこの労作は、真理がいかなる装いをまとって現われようとも、それを見分ける能力を人間精神のうちに培うことができるのは謙遜と精神の自由のみであることを教えている。これこそは、もう一つのガリレオ事件を引き起こさないための不可欠の能力なのである。




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