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トピックス

『メタフィジカル・クラブ』

米国100年の精神史
ルイ・メナンド 野口良平・那須耕介・石井素子訳

プラグマティズム哲学は、米国独立とフランス革命を堺に、旧体制(アンシャン・レジーム)と断絶した世界に生まれた社会哲学の系譜にあると言っていいかと思う。人間を社会的な存在としてとらえる哲学者にはコント、フーリエ、ベンサム、ミル、スペンサー等があるが、同じ19世紀のヘーゲル、マルクス、ニーチェとくらべると、日本では周辺的な存在である。そのなかでもさらに扱いが低かったように思われるのが、本書が扱う米国プラグマティズムだ。しかし思い起こせば、哲学という日本語をつくった西周が紹介したのはミルやコント、ベンサムらであったし、西田幾多郎の『善の研究』には米国プラグマティストの影響が色濃い。

本書は、このプラグマティズム成立史としての米国精神史である。南北戦争、奴隷制廃止論、進化論、確率論、鉄道大ストライキ、ソーシャル・セツルメント、言論と学問の自由をめぐる闘争など、もろもろの社会的出来事と思想が連動するありさまを躍動感たっぷりに描き、プラグマティズムの生みの親たる4人の哲学者の印象深い評伝がそこを貫く。その洞察と筆力は圧倒的と評され、米国読書界にちょっとした事件を巻き起こした。

4人のなかで本書がもっともページを割いているオリヴァー・ウェンデル・ホウムズは、日本ではいちばん馴染みが薄いかもしれないが、その法理学には興味をひかれるだろう(「法の生命は論理にではなく、経験に宿る」)。南北戦争では激戦を生き抜いて軍務を勤め上げ、30年に及ぶ連邦最高裁判事生活を経て94歳の長寿を全うした超人でもある。その彼と複雑な友情をむすんだ心理学者ウィリアム・ジェイムズは、不遇の論理学者チャールズ・サンダース・パースの天才を守るべく献身したが、パースは最後まで社会的には変人で終わってしまった。この3人よりやや若い教育学者ジョン・デューイは、主要な著作『経験と自然』をホウムズにささげる。

1776年にイギリスから独立して誕生した米国という新世界は、それ自体が思想史上の画期的事件だった。その独立宣言、憲法の理念、政治体制、民主主義の思想――すべてが哲学的な新しい問題を提起した。そして建国以来の知的営みがはじめて一個の哲学となったのが、このプラグマティズムである。だからこれは、まさに米国社会の根幹だ。ホウムズ、ジェイムズ、パース、デューイは、それぞれ異なる専門分野でこの思想を育てたが、それは波乱に満ちた建国の延長上にある「社会をつくる」作業だったと言えるだろう。とすれば、政治も経済も混迷するこの世界で、本書が役立つ可能性もあるのだろうか? 「それは定かではない」と著者は結びで述べているが、ひとつの思想の伝記として読んで閉じてしまうには、本書はあまりにも示唆に富んでいる。少なくとも、読後に芋づる式の読書や再読、あれやこれやがはじまり、あとを引くことを請け合いたい。




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