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ロジェ・グルニエ『写真の秘密』

宮下志朗訳

『写真の秘密』の一節。「古い写真帖を開くと、ほとんどが死んでしまった昔の仲間たちが、わたしを見つめている。」この言葉に刺激されたわけではないが、これもグルニエの『ユリシーズの涙』を同じ宮下志朗訳で刊行した十年前のことを思い出してしまった。

あの頃は、紙の本の寿命は残り少ないなどと声高に言う人も少なかったし、海外文学のコーナーで立ち読みする人の姿もまだ見かけられた。そして、よく書けている本を出せば、かならず、それを上手に読んでくれる人が何人もいた。ほんの十年なのに…

『ユリシーズの涙』について向井敏は毎日新聞の書評で、名前の似ている二人の作家を並べてみせて、ジャン・グルニエは猫派、こちらのロジェ・グルニエは犬派と、書き出しで読者の関心を引き付けた。日刊ゲンダイでは「狐」こと山村修が、短くて深い書評をしてくれた。単なる芸というなかれ。ともに今は亡くなった二人とは、訳者も出版社も、なんの損得や義理はない。だからこそ、本を媒介にする言葉の応酬ができたのだ。

ロジェ・グルニエは90歳を越えて書いた本書で、自分が手にした数々のカメラについて、知り合った写真家について、報道写真の現場で起きた椿事について、自由気儘に語る。覚えていることと忘れたことのバランスが絶妙で、一瞬だけ登場する人物の印象が、まさにスナップショットのように刻まれる。

この本の中には、旅がある、戦争がある、事件がある。その一つ一つが何十年も経ってから、くっきりと思い起こされている。それらの挿話は情報ではない。だから、知って得になるものではない。それらの思い出は自慢ではない。だから、知り合いでなくても楽しく聞きつづけることができる。

スマートホンの対極にある、こうした書物は、ベストセラー・コーナーには置かれないだろう。しかし、『写真の秘密』を読む人は、自分の中の「何か」をきっと思い出す。表紙の写真は、パリの夜に三脚をかまえているブラッサイの横姿。どこかの書店で出会ったら、ぜひ手に取っていただきたい。


『コンバ』紙編集部の新年会(1945年)。中央にカミュ、右端にグルニエ。撮影はルネ・サン=ポール。


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