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トピックス

ノルベルト・フライ『1968年』

反乱のグローバリズム 下村由一訳

本書の1章の表題は「はじめにはアメリカがあった」。次の文章からはじまる。

〈「68年」のルーツを探っていくと、どうしても冷戦の最盛期に行き着くことになる。戦後20年間の東西紛争、両陣営の構築と対決のイデオロギー的・軍事的上部構造の症候群総体こそが、「反乱の10年間」の前史をなす。このことはアメリカ合衆国であれ、ヨーロッパであれ、またおよそ政治的な抗議運動が許されていた、あるいは少なくとも可能であった国では、どこでも同じである。50年代の核軍拡競争は、とりわけイギリスでは早くから左派の批判の結晶点となっていた。それはドイツ連邦共和国でも同様だった。他方フランスではアルジェリア戦争に対する闘争が同様の意味をもった。
それにもかかわらず、のちに世界中に広がった抗議運動の最重要の先駆となり手本となり、始まりともなったものをアメリカ合衆国に見出すことは難しいことではない。まさに現代資本主義の牙城であるこの国で、現実に存在する共産主義への加担に依拠しないタイプの急進的体制批判が最も早く、しかもとくに鮮明な形で先鞭をつけたのだ。すべての市民への公民権、広範な政治参加、新しい社会の具体的なユートピアを求める運動であった〉

この章のはじめの「ことば」には、スコット・マッケンジーの大ヒット曲『花のサンフランシスコ』の詞が掲げられている。フラワー・パワーが咲き乱れヒッピーの聖地となったサンフランシスコの一角ヘイト・アシュベリーこそが、ある意味では〈68年〉を象徴する空間であった。親の世代のあり方や権力の秩序への反抗、セックス・ドラッグ・ロックンロールに表現される反権力・反体制・自由への希求というアメリカ発の「運動」が、世界中で展開される〈1968年〉の共通項になるのである。

本書に詳しく書かれているように、〈1968年〉にいたる各国の流れは違う。アメリカはシット・インにみられる黒人の抵抗運動が根っこにあったし、ドイツではナチズムの過去への克服がテーマであり、日本では60年安保以後の左翼の動向と処分問題や学費値上げなどの大学の学内問題が結びつき、イタリアでは労働組合や工場労働者問題が学生運動と連動していた。各国の政治的・経済的・社会的矛盾と、一見「お祭り的」に見えるアメリカ発の「運動」が化学反応を起こし、そこに安易な分析を拒むグローバルな学生運動が突如としてほぼ世界同時に起こったのである。

〈68年〉が過ぎ、広範な学生たちが去った後、世間の耳目をあつめたのは新左翼の「その後」だった。内ゲバや爆弾闘争にあらわれる「その後」については、家族の逃亡生活を描いたシドニー・ルメット監督の映画『旅立ちの時』や、ウリ・エデルのドイツ映画『バーダー・マインホフ』、若松孝二『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』などに詳しいが、それらは〈1968年〉とどこまで関係しているのか。その結果のひとつと言えるのか。また、アドルノが言うように、〈68年世代〉の運動は「全体主義的」だったのか――どのような単一の評価も〈1968年〉は拒んでいるようにみえる。

本書全体を通じて詳細な分析をおえた著者は、巻末の最後の節で言う。「1968年はすべてを変えてしまった年ではなかった。それまでにあまりにも多くのことがすでに進行しつつあった。だが〈68年〉以後はほとんどなにひとつ、もとのままではなくなった。そしてこの意味で〈68年〉は、いたるところにあったのだ〉。真摯な結びのことばだと思う。




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