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森於菟『耄碌寸前』

《大人の本棚》池内紀解説

高齢化の時代に入ったせいか、アンチエイジングにこだわる人が多いようだ。年をとっても元気溌剌、頭脳明晰。まことに結構であるが、これは〈夢〉である。世の中、そう甘くはない。

「私は自分でも自分が耄碌しかかっていることがよくわかる。記憶力はとみにおとろえ、人名を忘れるどころか老人の特権とされる叡智ですらもあやしいものである……ただ人生を茫漠たる一場の夢と観じて死にたいのだ」

こういうセリフを聞くと、たのもしい。ボケているどころか、客観的で、じつにしっかりしている。老人のための、いや若い人の後学のためにも、かっこうの一冊という気がする。

?外は短篇「妄想」を書いたが、長男はこの短い、対照的なエッセー「耄碌寸前」をものした。どちらとも優劣はつけがたいが、ユーモアと達観において、息子のほうに軍配をあげたくなる。ぜひ読者も二つを読んで較べてほしい。

いみじくも池内紀氏はこう喝破している――「老いた父親が求め、めざし、ようやく手に入れたものを、長男於菟は早くから過分なまでに身におびていた。二代がかりで実現した個性という点で、森於菟こそ正統の?外遺産といえるのだ」

偉大な父親を間近に見て、於菟は文学から意識的に距離を置いたようだ。もっと自分の文学的な可能性をいろいろと試したかっただろう。自制と諧謔に満ちた散文を読めば分かるように、それだけの力は十二分にあったのだから。しかし、よくしたもので、この方面の才能はご子息の森常治氏に受け継がれている。自らの詩文に加えて、マクルーハンやケネス・バークは彼の翻訳・紹介によっている。




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