みすず書房

〈べてるの家〉のその先へ。最新ルポ

斉藤道雄『治したくない――ひがし町診療所の日々』

2020年6月 9日

ほっかいどう、うらかわぐん、うらかわちょう、ひがしちょう、ちのみ――全部続けて言うと少々ややこしい、浦河町の中にある東町に、精神に障害をもつ人びとのための小さなクリニックができたのは、2014年5月のことでした。チノミは、アイヌのことばで「神を拝する場」を意味するのだそうです。

精神医療にかかわる、あるいは関心をもつ人ならば、浦河と聞けば「べてるの家」を思い浮かべることでしょう。
精神に障害をかかえる人びとが、「それで順調」を合言葉に共同作業所で「ゆるくはたらく」ことを始めて40年。問題をかかえ、問題をおこしながらも、暮らし、働き、ひとと交わり……生きていくなかで、誰もが抱える「あたりまえの苦労」を自分の手に取り戻そうとした人びとの集まり、それが、べてるでした。
ただ病気を治そうとする生き方をやめ、病気のなかで、病気とともに生きること。世界に例をみないべてるのありかたは、日本の精神医療、保健福祉に大きな影響を与え、国外からも大きな注目をあびてきました。が、時とともに有名になり、社会福祉法人として公的な支援を受けて、100名を超す職員を擁するようになったべてるは、当然、先鋭的な〈当事者〉集団だった頃のべてると同じでいられなくなったといえます。

べてるの家のその先へ。その歩を踏み出したのが、「ひがし町(まち)診療所」です。
2014年に精神科病棟を閉鎖した浦河赤十字病院で、長年精神科部長の職にあり、べてる創生期からの主要スタッフである川村敏明医師が院長を務める「ひがし町診療所」は、開設以来、従来の精神科の常識をことごとく覆しながら、看護師、ワーカーとともに、また何よりも患者とともに、その歩みを進めてきました。
病棟のベッドから地域の中へ。一人ひとり、違った生きづらさをかかえながらも、誰も排除しない、ふしぎな安心にみちた空気。

「半分治しておいたから、あとの半分は仲間に治してもらえ」と笑う「治したくない」医師。看護師にしてもワーカーにしても、「しっかりしていないたくさんの人びと」が、患者と対等の立場で、励まし、助ける、質より量の応援……そこには、大量の薬を使って症状を抑えるといった「いわゆる治すこと」とは別の道が開けていました。

浦河町の中の東町にあるから、「ひがし町診療所」。この少々おとなしすぎる、ありきたりな名前には、同時に「東町という地域を治療する」という意味がこめられている、といいます。患者でなく、地域を治療する。本書は、精神に障害をもつ人びとがつねに隣にいる浦河という町を、小さな診療所がどう変えてきたか、という物語でもあります。

人間としての弱さ、生きづらさ、問題をかかえていることはみんな同じでも、それを仲間に全部さらけだせる精神障害者と、さらけ出せず、仮面をかぶって思いを語れない健常者。

「健常者って、たいへんらしいぞ」
「健常者支援が必要なんじゃないか?」

精神障害者は病気を治し、健常者になることが目標――そんな、あたりまえすぎる枠組みをひっくり返していった、その先に見えてくるもの……
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