みすず書房

アルフレッド・ウォリスとナイーヴ・アート

塩田純一『アルフレッド・ウォリス――海を描きつづけた船乗り画家』

2021年9月10日

今年のみすず美術カレンダーMISUZU CALENDARをお持ちの方は、11月・12月のカレンダーで、アルフレッド・ウォリスの絵に接することができる。
テーマは「ナイーヴ・アートの世界」。ナイーヴ・アート(素朴派)とは、正式な美術教育を受けたことのない作家によって制作され、独学ゆえにかえって素朴さや独創性が際立つ作品のことである。カレンダーには船員・船具商のウォリス(イギリス)のほか、靴職人のO・メテルリ(イタリア)、郵便配達夫のL・ヴィヴァン(フランス)、主婦のP・モーダーゾーン = ベッカー(ドイツ)、農民運動家のM・ヴィリウス(クロアチア)、整備工のC・バジール(ハイチ)、下級官吏のH・ルソー(フランス)、農民・奴隷のB・トレイラー(アメリカ)を選んだ。どれも色彩感に富み、遠近法や構図などおかまいなしに、描きたいものを描きたいように描いた絵ならではの、爽快感にあふれている。

ウォリスも、そんな絵だ。カレンダーの絵をとっても、手前の船と奥の犬の大きさのバランスがおかしいが、じっと見ていると、実はそのほうが自然なように感じられ、技法や技術に囚われた絵のほうがかえって窮屈に見えてくる。

そんなウォリスに魂を奪われたのが著者の塩田氏である。栃木県立美術館でキャリアをスタートさせ、イギリス美術を専門とする学芸員として、世田谷美術館、東京都庭園美術館、東京都現代美術館、新潟市美術館(館長)を歴任する。庭園美術館勤務時代には、日本で初めての回顧展「誰も知らなかったアルフレッド・ウォリス」展を企画している。
少し話がそれるが、栃木県立美術館といえば、デイヴィッド・ナッシュやアンディ・ゴールズワージーなどのイギリス現代美術のコレクションが充実していて、なるほどあれは塩田氏の業績かと思ってしまう。ナッシュやゴールズワージーはナイーヴ・アートとは関係しないが、樹木や氷など自然にある素材を使った作品は、素朴さという意味では大いに共通するところがある。両者を「イギリス的な」と言ってくくったら少々強引に過ぎるだろうが、ここにベン・ニコルソンやデヴィッド・ホックニーなどの名前を添えてみると、あながち変な話ではない気がする。

ナイーヴ・アートは扱いが少々難しい。美術の一思潮ではなく、いつの時代、どこの地域にも発生する美術の形態だからだ。日本でも丸木スマ(「原爆の図」を描いた丸木位里の母親)や、はだかの大将で有名な山下清などが挙がるだろう。それらを「素朴」というキーワードでくくるのは勇気が要る。ほかに、アウトサイダー・アート、アール・ブリュットなどという呼び名もあり、ひとくくりにはできない。
それでも「アルフレッド・ウォリスとは誰か?」と訊ねられれば、「イギリスの素朴派を代表する画家」と答えるしかない。「美術教育を受けていない」という属性を言挙げすることもあるまいとも思うのだが、日本では「ジャンル」「カテゴリー」が大事なようだ。
できるならこうした絵は、カテゴライズされないなかで無心に鑑賞したい。この日本で、本書が、ウォリスが受容されるのかどうか、とても気になっている。